日本と中国には、礼儀作法やマナーにさまざまな違いが存在するが、江西農業大学南昌商学院の翁暁暁さんは、日本人の先生との食事の中から、日本の食に対する考え方を学んだようだ。

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日本と中国には、礼儀作法やマナーにさまざまな違いが存在するが、江西農業大学南昌商学院の翁暁暁さんは、日本人の先生との食事の中から、日本の食に対する考え方を学んだようだ。

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私とルームメートが日本人の先生と1カ月後の天気を賭けるというゲームに勝ち、食べ放題の鍋料理をご馳走してもらうことになった時のこと。どうせ先生がお金を払ってくれるのだから、私たち2人は思い切り食べてやろうと興奮していた。鍋の具材を皿に乗せられるだけ乗せた。しばらくも経たないうちに、私たちのテーブルは野菜や肉を満載したお皿でいっぱいになった。先生は目を丸くしていた。食い意地が張っている私たちが具材を次から次へと鍋へ放り込んでいると、先生は私たちを見ながら手を胸の前で合わせ、「いただきます」と言った。その様はドラマで見たことがあるだけで、実際に目の当たりにしたのは初めてだった。

私たちは「へえ〜変なの」と心の中で不思議に思っただけで、食べるのに忙しくて、その気持ちはすぐ忘れた。30分も過ぎると私たちはお腹がいっぱいになった。でも先生はまだ食べ続けていた。「先生はお腹が空いていたのか。痩せているのに結構食べるね」と私たちは先生に分からないよう中国語で話した。先生は「残したら駄目だよ」と言い、食べ続けている。私たちも頑張ってみたがどうしてもお腹に入らず、お腹が破裂しては元も子もないと思い食べるのを諦めた。しかし、先生はまだ食べ続ける。「明らかにお腹いっぱいの様子なのに、どうしてやめないの」と思うばかりだった。先生がやっと箸を下ろし、これで私たちは帰れるのかと思ったが、先生は少し休んでからまた食べ始めた。このように、食べては休み、休んでは食べと繰り返し、結局、2時間半でなんとか完食した。最後、先生は「ご馳走様でした」と言って席を立った。ルームメートと私は思わず顔を見合わせて、やっぱり不思議だと感じた。

それから1カ月後、日本に留学している先輩と久しぶりに連絡した。彼は日本で体験したことをいろいろ教えてくれた。居酒屋でのアルバイトについて話してくれた時、「日本では残飯が少ないから、お皿を洗うのは本当に楽だよ」と言った。彼は日本に行く前に学校の食堂で机の上の食器の後片付けのアルバイトをしたことがあるのだが、日本と比べると残飯が多く、汚くて洗いにくいと教えてくれた。その時、ふと食べ放題の鍋料理店で一生懸命食べていた先生の姿が思い浮かんだ。先生がどうしても食べ物を残したくないと必死になって食べたのは、食べ物を大切にしているからなのではないかと思えてならない。

確かに農民たちは苦労して、私たちに食物を提供してくれている。そして、コックは心を込めて料理を作ってくれている。食べ物があってこそ、私たちの命を維持し生存することができるのだ。だから、きちんと残さず食べきることは食物への敬意を表しているのではないか。そして、食事する前に「いただきます」と言い、完食した後「ご馳走様でした」と言う。この言葉もきっと食べ物への感謝と敬意を表しているものなのだろう。それから、私たちの食べ物に対する考え方や食事のスタイルが大きく変わったのは言うまでもない。(編集/北田)

※本文は、第十一回中国人の日本語作文コンクール受賞作品集「なんでそうなるの?中国の若者は日本のココが理解できない」(段躍中編、日本僑報社、2015年)より、翁暁暁さん(江西農業大学南昌商学院)の作品「なんでそうなるの?―中国の若者は日本のここが理解できない」を編集したものです。文中の表現は基本的に原文のまま記載しています。なお、作文は日本僑報社の許可を得て掲載しています。