2月20、21日に東京辰巳国際水泳場で行なわれた、第32回コナミオープンの女子50m自由形決勝。スタート直後から頭ひとつ抜け、25mを過ぎてもスピードは衰えない。最後は2位以下に身体半分近くの差をつけて、24秒74の日本新記録でフィニッシュ。100分の1秒すら縮めるのも難しいと言われる50mにおいて、従来の日本記録を0秒21も更新したのは15歳の池江璃花子(いけえ・りかこ/ルネサンス亀戸)だった。

「泳ぎの感覚は良かったので、驚きはしませんでしたが、やっぱり日本記録はうれしいです。今までも、もうこれ以上の記録が出ない、と思うことはあったんですが、それでも記録が伸びているので、そこには自信を持ってこれからも頑張りたいです」

 まさに"伸び盛り"だ。中学1年生の3月ではじめて全国大会を制してから、2年生の全国中学では、50m自由形の最古の中学記録を20年ぶりに破るまでに成長。そして3年生になった2015年には、14年ぶりとなる中学生での世界水泳選手権代表の座を獲得した。

 このロシア・カザン世界水泳選手権という大きな舞台をステップに、池江はさらに飛躍を遂げる。同年10月に、競泳ワールドカップ東京大会の100mバタフライで樹立した57秒56の日本新記録を皮切りに、1月31日の第9回東京都選手権では100m自由形で、日本人初の54秒を突破する53秒99の日本記録を樹立。このときは、タッチしてから電光掲示板を振り返ったあと、思いもよらぬ好記録に顔を伏せるようにして身体を震わせて涙した。

 池江がたった5カ月で3つの日本記録を樹立できるほどに成長したのは、ただ伸び盛りの年齢だから、という理由だけではない。その秘密はストロークの効率アップに隠されている。

 夏の世界水泳選手権までは、元々池江が持っていた水を捉える感覚や、不安定な水中で安定した姿勢を保つバランス感覚といった、持ち前のセンスだけで泳いでいた印象が強い。

 しかし、それでは世界に届かないことを痛感した池江を指導する村上二美也(ふみや)コーチは、ワールドカップ東京大会後に、こう話していた。

「テンポが落ちないようにしながら、1ストロークで進む距離を伸ばすことを課題にして取り組んでいます」

 骨格も含めた成長の過渡期の15歳という年齢もあり、あまり過度な筋力トレーニングを行なうのは好ましくないと判断。そこで池江と村上コーチが取った、世界に少しでも近づくための方策が、ストロークの効率をアップさせることだったのだ。

 夏以降に取り組んだこの作戦の効果は、東京都選手権の100m自由形で、日本記録更新という形で早くも表れた。

 夏とは見違えるほど、一見ゆったりした泳ぎに見える大きなストロークに変化し、1ストロークで進む距離は明らかに伸びて、それでもスピードは変わらない。この効果は100m自由形の後半のラップタイムに表れた。

 2015年9月和歌山国体で、100m自由形の後半50mが28秒46(54秒38)だったのに対し、10月のワールドカップ東京大会では27秒64(54秒14)、そして53秒99の日本記録を樹立した1月の東京都選手権での後半50mでは、27秒58にまで縮まっている。

 入水してから慌てて水を掻くのではなく、落ち着いて腕全体で大きく水を捉えてから最後までかききること。1ストロークで進む距離を伸ばすコツは言葉にすると簡単だが、短距離種目であるほど、レース中に"落ち着く"ことは難しい。だが、恐いもの知らずの物怖じしない性格の池江は、レース中に落ち着いて自分が取り組んできたことを実践できる心の強さがある。このメンタルも、池江の成長を支えているのである。

 レース後のコメントだけを聞けば、中学生離れした落ち着いた雰囲気に感じるものの、話すときに見せる表情を見てみると、まだ幼さが残っている。時には、はにかむような表情を見せたり、悔しさやうれしさから思わぬ涙を流したりする場面もある。

 屋外プールで練習するグアム合宿が続くことに対しては、「日焼けするのは、あんまり好きじゃないんです。今は良いかもしれないけど、大人になったら跡が残るっていうじゃないですか」と、少し照れるような表情でコメントする姿は、まさに15歳そのものだ。

 さらに、レース後に取材を終え、プールを離れて友達と話しているときに見せるあどけない笑顔からは、『泳ぐことが楽しい』、『記録が出ることが楽しい』という、裏も表もない水泳に対する純粋な想いで溢れている。日々の厳しいトレーニングだけではなく、水泳に対するこの純粋な想いこそが、池江の本当の強さなのかもしれない。

"伸び盛り"の中学生が、高校1年生になって迎える、リオデジャネイロ五輪の選考会となる日本選手権まで約1カ月。この短い時間ですら、池江はさらに進化していくだろう。また"新しい池江"を見られる日が、心から待ち遠しい。

田坂友暁●取材・文 text by Tasaka Tomoaki