大きな大会の前には代表選考で揉めることが恒例となった日本女子マラソン界が、再び揉め事に見舞われています。

発端となったのは、1月の第35回大阪国際女子マラソンを制した福士加代子さん陣営の動きでした。福士さんは同大会で2時間22分17秒という日本歴代7位の好記録で優勝。本人も「リオ決定だべ〜!」と当確を自負する内容でした。しかし、代表を選考する日本陸連から「内定」の確約は出ず。そこで福士さん陣営は、内定が出ないなら最終選考レースとなる名古屋ウィメンズマラソンに出場すると示唆したのです。

世間からは福士さんに同情する反応も上がります。これまでに積み重ねた代表選考でのゴタゴタも、「陸連=悪」という構図を印象づけてきたことは否めません。しかし、今回に限っては福士さん側のアピールは明らかに無理筋であり、陸連の落ち度はありません。

そもそも選考基準は2015年6月29日付けで発表されており、それによれば「内定」が出るのは「第15回世界陸上選手権の8位以内入賞者で日本選手最上位者1名」のみ。以降の選考レースはどれだけの好記録…たとえば世界記録を出しても内定とはならず、全選考レース終了後に総合的に勘案して決定すると定められているのです。基準通り、世界陸上で7位入賞を果たした伊藤舞さんは内定を得ています。福士さんがどうしても「内定」が欲しかったのなら、世界陸上で好成績を出すべきでした。(※福士さんは怪我の影響で世界陸上代表選考会には出場せず)

選考基準によれば、世界陸上での内定者以外では「選考競技会において日本人3位以内の競技者から、1.日本陸連設定記録を有効期間内に満たした競技者(最大1名)、2.各選考競技会での記録、順位、レース展開、タイム差、気象条件等を総合的に勘案し、本大会で活躍が期待されると評価された競技者」を1から2の優先順位で選ぶとあります。

「日本陸連設定記録(2時間22分30秒)を有効期間内に満たした選手」は福士さんただひとり。現時点で福士さんは残る2枠の最有力候補であることは間違いありません。もしここから代表落ちするとすれば、最終選考会となる名古屋ウィメンズマラソンで2時間22分30秒を切る選手が複数出るケースしかあり得ないでしょう。福士さん陣営も、それを警戒してのアピールのはずです。

しかし、実際にはその可能性はほとんどありません。設定記録を上回る記録は2005年の野口みずきさん以降、2016年の福士さんまで出ていないのです。

よしんば、名古屋で2人以上が設定記録を上回って福士さん以上の評価を得ることになったとした場合も、福士さんが名古屋に出たところで阻止する術はほとんどありません。

実は日本陸連の選考基準では、「1.日本陸連設定記録を有効期間内に満たした競技者(最大1名)」は「複数回の選考会に出場した場合の順位及び記録も評価の対象とする」とありますが、「2.各選考競技会での記録、順位、レース展開、タイム差、気象条件等を総合的に勘案し、本大会で活躍が期待されると評価された競技者」は「当該選手が出場した初回の選考競技会を評価の対象とする」とあるのです。

つまり、「2」に持ち込まれた場合は初回の選考会、福士さんで言えば「大阪」が評価の対象となるということ。これは定められた期日での調整能力を重視するための選考方法であり、「大阪より名古屋のパフォーマンスが上がった」としても、それは評価されないわけです。五輪にピークを合わせることができず、1か月後にピークが来るような調整能力では意味がありませんから。

要するに、福士さんが「名古屋に出たおかげで代表落ちを回避できた」というケースは、「名古屋ウィメンズマラソンで設定記録を上回る選手が2人以上出て、両方が大阪国際女子マラソンの福士さん以上に評価される内容だったが、福士さんがそれに勝って1の枠におさまった」という超レアケースしかありません。そんな離れ業ができるくらいなら、大阪でもっといい記録を出せばよかったわけで、現実的には難しいでしょう。

日本陸連としてみれば、福士さん陣営の動きを「出せるはずもない内定を要求するワガママ」「選考基準が理解できていない愚かなアピール」としか思えないことでしょう。日本陸連の麻場一徳強化委員長が漏らしたという「内定はできないが、メダルを狙える水準に達している」「(名古屋に)出場するのは避けてもらいたい」というのは、福士さんを最大限に尊重すればこその言葉です。

愚かなアピールは止めて、リオ本番への準備を進めてほしい。

五輪に出場することが目標なのではなく、五輪でいいレースをすることが目標なのであれば、福士陣営の取るべき動きは「リオへの準備」しかないはずです。陣営の賢明な判断を期待します。

(文=フモフモ編集長 http://blog.livedoor.jp/vitaminw/)