「同性愛は個人的趣味」で炎上の小林ゆみ区議をあえて擁護してみる

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 東京都杉並区の区議・小林ゆみ氏が区議会で、「同性愛は趣味」発言をしたとして炎上している。TwitterやFacebook等で批判投稿が相次ぎ、Yahoo!ニュースやハフィントンポストなどのメジャーなネット媒体でも批判的に取り上げられている。しかしこれらの批判を呼んでいると、批判している人たちは小林議員の質問全文をきちんと読んでから批判しているのだろうか、と疑問に思ってしまう。

 たしかに小林議員の質問全文を読むと、「性的指向、すなわち個人的趣味の分野にまで」と発言しているし、自身のブログでもこの発言に関連した記事で「レズ、ゲイ、バイは性的指向(好み)」と表現している。これらは明らかに間違った表現だ。性的指向の「指向」とは趣味でも好みでもない。ある人間が異性愛を指向するか、同性愛を指向するかといった、文脈における「指向」という言葉である。また、性愛の好みを表す「性的嗜好」とも意味が違う。

 念のために言っておくと、この性的指向というのもそう簡単な話ではない。たとえば、遺伝子的に男性として生まれたある人物が、女性に性転換した後に女性を恋愛対象とする場合は、同性愛なのか異性愛なのか。現在は同性愛と見る考え方が趨勢のようだが、それくらい性的指向というのは複雑な問題ではある。が、ともあれ、性的指向を「好み」と言ってしまった小林議員の発言は不適当と言わざるを得ないだろう。

 しかし、小林氏の質問にはもっと「重要な問題」が指摘されている。なのに、その重要な問題を無視して、些細な失言部分だけを取り上げて大騒ぎするのもどうかと思う。もちろん、失言には失言するだけの原因もあり、このような失言をする背景には、小林議員自身が性的指向を単なる「好み」の問題だと認識しているからだと推測される。人は思ってもいないことを失言したりはしないからだ。

 また、メディアは商売のために(数字を稼ぐために)刺激的な見出しを付けたり、針小棒大な記事を書くことがある。しかし、個人のTwitterやブログなどと違い、メディアの記事はもっと「本質的な部分」にまで踏み込んで伝えるべきだ。だが、今回の小林発言関連の記事をざっと読んでも、そのような本質的部分まで踏み込んだ記事は(僕が読んだ限りは)ほとんど皆無だ。これは、小林氏の発言への批判記事を書いた記者にはLGBTの人たちの権利問題に関して実は意識も見識もない、ことの現れでもある。

 さらに、Twitterなどで小林氏を批判している一般の人たちも、この問題に対する「メディアの取り上げ方」を批判しないし、小林氏の質問のなかにある「重要な指摘」に関しても言及していない。ただただ、メディアの煽り記事(見出し)に踊らされてディスっているだけのように思える。これが「本当に質問全文を読みましたか?」と僕が疑問を呈する理由だ。

「同性婚を認める条例は、憲法違反」
という指摘

 では、LGBTの人たちの権利問題という視点から見た、小林氏の「重要な指摘」とは何か。ポイントは2つだ。

 まず1つ目のポイントは、以下の部分。

(小林氏の質問より一部抜粋)

同性パートナーシップに関する渋谷区の条例、世田谷区の要綱はその象徴といえるでしょう。ただし、これらは憲法24条、94条に違反している疑いが強いことが指摘されています。

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