美しい。ひたすら美しい映画である。1950年代のニューヨークが忠実に再現された。デパートの玩具売り場店員、テレーズは、子供のクリスマスプレゼントを買いに来た上流婦人、キャロルに目を奪われる。写真はニューヨーク。

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美しい。ひたすら美しい映画である。

1950年代のニューヨークが忠実に再現された。デパートの玩具売り場店員、テレーズ(ルーニー・マーラ)は、子供のクリスマスプレゼントを買いに来た上流婦人、キャロル(ケイト・プランシェット)に目を奪われる。高級な毛皮のコートが似合う優雅な身のこなし。自信に満ち、ゴージャスで妖艶ともいえる美貌。これを一目ぼれというのだろう。

現代でも、女性同士の愛はマイノリティーであり、まして50年代なら、さらに偏見は厳しいはずだ。だから、2人の愛が周囲から祝福されないことは最初から分かっており、それが一種のサスペンスを生み出す。

テレーズにとって店員の仕事は生活の手段であり、写真家になることを目標としている。ニューヨーク・タイムズ記者の男性の恋人がいるものの、結婚には踏み切れない。キャロルは夫との間で離婚の話し合いを進めており、4歳の娘の親権が争点になっている。

キャロルが売り場に忘れていった手袋を、テレーズが送り返したことをきっかけに、2人は急接近する。そしてある日、キャロルの車で2人は小旅行に出発し、中西部のホテルで結ばれる。トッド・ヘインズ監督はラブシーンを美しく情感たっぷりに撮っているのだが、その美しさが悲劇を予感させる。

2人の秘事は夫に知られ、キャロルにとって娘の親権に不利に働くため、しばらく会わないことになる。テレーズは官能と幸福の絶頂から突き落とされ、深く傷つく。

ヘインズは、この間の2人の女性の感情と心理の揺れをきめ細かく描いている。ブランシェットとマーラは、ヘインズの期待に応えて、いずれも素晴らしい演技を見せた。ブランシェットは人生経験豊かな人妻の余裕と、娘を失うかもしれない不安と、若い女性への欲望と愛情を。マーラは、男性の恋人には感じなかった、憧れとも愛情とも欲望ともつかない感情を。マーラがカンヌ映画祭の女優賞を授けられ、アカデミー賞の助演女優賞にノミネートされ、ブランシェットが同主演女優賞にノミネートされたのもうなずける。

久しぶりに2人が再会した際、キャロルがテレーズに発した「あなたは花が開いたようにきれいになった」というセリフが印象的だ。素直にほめたようでもあり、「開花させたのは私なのよ」という自信のようでもある。ともあれ、その時のテレーズは、以前の可愛い女の子ではなく、成熟した美女に変身していた。

ヘインズは「50年代と、同性愛を含む禁じられた愛」にこだわる映画作家のようだ。出世作『エデンより彼方に』(2002年)では、50年代を背景に、主人公の女性は黒人男性の庭師と恋(あくまでプラトニックだが……)に落ち、夫の方は何と、男性と出奔する。デビュー作のオムニバス映画『ポイズン』(1991年)の第1話は男性同性愛がテーマだ。

さて、キャロルとテレーズの愛の行方に話を戻そう。冷却期間を置いた後、キャロルの復縁の呼びかけを、テレーズはいったん拒む。しかし、思い直したテレーズが再びキャロルの下を訪れたとき、キャロルはどう反応したか。ここが最大のサスペンスで、見ものである。長いワンショットで、ブランシェットは仕草と表情だけでその思いを表現した。
(2月11日から公開中)

川北隆雄(かわきた・たかお)
1948年大阪市に生まれる。東京大学法学部卒業後、中日新聞社入社。同東京本社(東京新聞)経済部記者、同デスク、編集委員、論説委員などを歴任。現在ジャーナリスト、専修大学非常勤講師。著書に『失敗の経済政策史』『財界の正体』『通産省』『大蔵省』(以上講談社現代新書)、『日本国はいくら借金できるのか』(文春新書)、『経済論戦』『日本銀行』(以上岩波新書)、『図解でカンタン!日本経済100のキーワード』(講談社+α文庫)、『「財務省」で何が変わるか』(講談社+α新書)、『国売りたまふことなかれ』(新潮社)、『官僚たちの縄張り』(新潮選書)など。