日本人と中国人は見た目こそ似ているが、文化や考え方は大きく異なるといえる。中国メディアの今日頭条は15日、日本人と中国人の違いを論じ、かつて日本が中国を「師」と仰いできたにもかかわらず、学ぶ対象をしっかりと取捨選択してきた点を高く評価する記事を掲載した。(イメージ写真提供:123RF)

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 日本人と中国人は見た目こそ似ているが、文化や考え方は大きく異なるといえる。中国メディアの今日頭条は15日、日本人と中国人の違いを論じ、かつて日本が中国を「師」と仰いできたにもかかわらず、学ぶ対象をしっかりと取捨選択してきた点を高く評価する記事を掲載した。

 記事は、古代において日本は中国を師と仰ぐ資格すらないほど圧倒的な文化の差があったと主張。これはサッカーのスーパースターに憧れるサッカー少年に例えられるかもしれない。

 サッカー少年は憧れの選手のプレースタイルの良し悪しに関係なく、あらゆる点を肯定して、それを模倣し始めるだろう。これと同じように文化レベルに圧倒的な差があった古代の日本は憧れの中国のあらゆる面を模倣しようとしただろうか。驚くことにそうはしなかったと記事は指摘する。

 日本が取り入れなかった中国の文化には、宦官制度、纏足、八股文(はっこぶん)、またアヘン吸飲があると記事は説明する。八股文は中国の明・清時代に科挙の答案に用いられた独特の文体のことで、形式に厳格であり相当の知識人でも八股文を用いた科挙に合格するのは相当難しかったと言われる。

 科挙は中国の官吏採用試験制度だが、八股文の採用は本当に有能な人材を確保することにつながったとは言えない。宦官制度には権力乱用という弊害を生み出し、纏足は女性の身体の自由を奪い、アヘン吸飲は中国国民から精神と身体両面から健康を奪った。

 記事は、日本人には人と異なることを嫌う性質があり、こうした性質ゆえに中国の悪い文化を模倣してもおかしくなかったと主張。それでも良い点だけを取り入れ、悪い点を模倣しなかったのは「日本人に現実性を極めて重要視する美徳」があるからだと論じた。

 記事はこの美徳は日本の貧しさから生じたと分析する。例えば纏足によって女性の身体の自由を奪うなら貴重な労働力をなくしてしまう。貧しかった日本にとってこうした文化は実際性の観点からは無意味かつ無駄であるゆえに模倣しなかったと主張。さらに、現実性を重んじる美徳を持つ日本人について、「中国人が重視するに値する民族」だと論じている。(編集担当:村山健二)(イメージ写真提供:123RF)