「昭和元禄落語心中」6話。八代目有楽亭八雲の襲名問題

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アニメ「昭和元禄落語心中」が好調で、普段は聴かないはずの人からも落語の話題を振られる機会が増えた。たいへん結構なことである。アニメ公式ガイドブックも、初心者向けの落語本として親しみやすい内容になっている。放送で興味を持って実演も聴きたくなった、という人がお手にするのにはちょうどいいかもしれない。


先週放映された第6話では成功した鹿芝居の後日譚が描かれた。前回も書いたように、鹿芝居で観客の視線を独占する悦びを知った有楽亭菊比古(のちの八代目八雲)は、ついに芸に開眼する。その後の流れが雲田はるこの原作にはなかったエピソードなども組み入れながら描かれたのが第6話の前半部だった。後半、前回は兄弟弟子の助六が口演していた「品川心中」を、菊比古が堂々と演じる。その高座が第6話のクライマックスとなった。

鹿芝居の起源について


前回は本が見つからなかったので触れられなかったが、「はなしか」の「しばい」、すなわち「鹿芝居」の起源について触れておきたい。六代目三遊亭圓生の著書『寄席楽屋帳』によれば、落語家がお座敷の余興として芝居の真似事をしたという例は、天保時代の初代金原亭馬生の逸話まで遡れるという。ただし、それが芝居小屋を借りての上演となったのは、1881(明治14)年12月20日から26日までの7日間に初代柳亭(のちに談洲楼)燕枝と六代目桂文治が肝煎りで催したのが一応の始まりと見なしていいだろうと圓生は言う。
同書の中には圓生自身が見聞した鹿芝居の滑稽な逸話がいくつも披露されている。三代目柳家小さんといえば、夏目漱石が作中で絶賛したことでも知られる名人だが、鹿芝居においては名優というよりも迷優の方であったらしい。

──なにしろ、やる役がみんな、『玄冶店』の与三郎とか、『菊畑』の虎蔵とか、『十種香』の八重垣姫とか、つまり、十五代目羽左衛門がやったような、いい男の役でなくっちゃァ当人もやりたがらない。それでいて、鼻はあぐらをかいているし、与三郎といったって、どうやってみても与三郎の顔にはならない……与太郎の顔だ……ほっかぶりを取って、顔を見せるとたんにお客がどッと笑うんですから、よほどひどい顔ですよね。(「滑稽鹿芝居」)

第6話では、弁天小僧を演じた菊比古の艶やかさに魅せられた女性ファンが、寄席にもやってくるというくだりがあった。たいへん残念なことに、現実の鹿芝居ではそういう色っぽい展開にはならなかったらしいのである。

今回演じられた噺


前述のとおり、「品川心中」が話の中では大きなウェイトを占めることになった。この噺については前回書いたので、詳しくはそちらを参照いただきたい。アニメ独自の演出は、この「品川心中」を第2部「八雲と助六編」のヒロインであるみよ吉にも見物させたことだ。「昭和元禄落語心中」の「心中」が題名についた噺である。この展開はおそらく、後に尾を引くことになるだろう。

それ以外に断片的ながら口演されたのは、新弟子時代の助六たちが教わる「牛ほめ」と、「品川心中」を語る菊比古の前に上がった助六が演じた「お血脈」だ。後者はやや長めに演じられた。

「牛ほめ」は与太郎噺の代表的なものの1つである。東京の落語では、愚かしい言動をする者はみな「与太郎」だ。「かぼちゃ屋」ではぶらぶらしていていけないからとかぼちゃ売りにさせられ、「孝行糖」では親孝行だからと貰った金で飴屋をやることになり、一転「ろくろっ首」ではまったく労働意欲がないためにいわくつきの屋敷に入り婿に行くことになる。そうかと思えば「錦の袈裟」ではきちんとおかみさんをもらって長屋に居を構えており、生意気なことに吉原にまで行こうとする。つまり、そういったばらばらの噺に出てくる人物が「与太郎」という1つの人格に集約されているのだ。
その中で伯父さんが家を新築したから、ということで知恵をつけられ、新居を褒めに訪れる、というのが「牛ほめ」である。家ではなくて牛の題名がつけられているのは、ついでに飼っている牛も褒めるからだ。前座噺としては比較的聴く機会の多いネタである。

「お血脈」は「地噺」と呼ばれる種類の落語である。会話と仕草で人物を演じ分けることで進んでいく他の噺に比べ、演者による地の語りが多いことからそう呼ばれる。故・立川談志が吉川英治『新・平家物語』に想をとって爆笑噺に作り変えた「源平盛衰記」、八代将軍徳川吉宗誕生の顛末を語る「紀州」などがある。
「お血脈」は地獄に墜ちた石川五右衛門が、善光寺の血脈印の霊験で極楽往生する亡者が増えたことを憂う閻魔大王から、それを盗み出すことを命じられるという噺で、地獄の情景や現世に戻ってきた五右衛門による風俗観察記などの部分を演者がさまざまに遊び倒して語るのが楽しい。機会があればぜひ聴いていただきたいのがフリー落語家・快楽亭ブラックの「お血脈」で、善光寺に忍び込んだ五右衛門が芝居がかりになるところが、歌舞伎マニアらしい演出で実に楽しい。「お血脈」が演じられるかはわからないが、2/21(日)14時からの新宿・道楽亭「快楽亭ブラック・テント二人会」では、そのブラックと伝説の芸人・テントとの競演が見られる。これはお薦めです。

歌舞伎と違い世襲制ではない「名跡」


さて、本日深夜放送の第7話以降で話題になってくるはずなのが、八代目有楽亭八雲の襲名をどうするかという一件だ。
このように代々受け継がれていく名前を「名跡」と呼ぶ。歌舞伎の世界では大きな名跡については世襲が普通だが、落語界の場合は絶対の決まりではない。

世襲で行われた例では、九代目林家正蔵がいる。落語協会の副会長を務める現・正蔵は九代目の名跡となる。現・正蔵の祖父は七代目の正蔵だった。その息子である林家三平(初代)は「昭和の爆笑王」の異名をとるほどの人気者だったが、八代目を五代目蝶花楼馬楽が借り受けていたために自身はその名跡を継がずに没している。その八代目正蔵は、七代目の一族である海老名家から名跡を自分一代限りという約束で借り受けていたため、三平の死後の1980年に返上し、隠居名として彦六を名乗った。それ以降空き名跡となっていたのを、25年ぶりに当時林家こぶ平を名乗っていた当代が復活させたのである。

しかしこうした形で綺麗に世襲が行われた例は、むしろ少ないはずだ。
八代目八雲の人物造形に影響を与えたと思しき昭和の落語家・六代目三遊亭圓生は1941年、前年に急逝した五代目(通称をデブの圓生)から名跡を受け継いだ。五代目は圓生の母親と結婚したため、義理の父親にあたる。ただしその前の圓生は明治の大名人・三遊亭圓朝の高弟であり、師をして「落し噺ではかなわない」と言わしめたほどの腕前だったという。その四代目が亡くなってから、デブの圓生が1925年に継ぐまでの20年以上、この大名跡は途絶えていた。それほど大きな名前と見なされていたということで、圓生とは三遊亭宗家として頂点に立つ名前でもあるのだ(余談だが、五代目と六代目が揃って師事した四代目橘家圓蔵が、前出の「品川心中」を現在の形に完成させた人である)。六代目の子息は落語家にならず、1979年に亡くなってからはこの名跡は再び空位になっている。
六代目の孫弟子であり生前には寵愛を受けた三遊亭鳳楽(円楽一門会)と、かつての直弟子である三遊亭圓丈(落語協会)との間で七代目襲名を巡る論争が起き、そこに同じく直弟子で圓丈の兄弟子にあたる(ただし元の師匠が没したために圓生門下に移ってきた預かり弟子なので、生え抜きではない)三遊亭圓窓も名乗りを挙げたために、一時期は巴戦の様相を呈していた。この問題も2015年に一旦白紙に戻されてしまい、今なお圓生名跡は宙に浮いたままだ。単純に世襲で決められる問題ではないからこそ、こうした状況が起こりうるのである。
いずれにせよ、八代目八雲襲名問題がどのような波紋を引き起こすのかが、アニメ第1クールの見所の1つとなるだろう。第7話に注目したい。
(杉江松恋)

(おまけ)
私も新米落語プロデューサーというか、下足番として会を企画しています。よかったらこちらにも足をお運びください。
2/19(金)午後6時半(開演午後7時)「立川談慶独演会 談慶の意見だ」出演者:立川談慶、ゲスト:畠山健二(作家)

2/21(日)午前0時半(開演午前1時)「立川談四楼独演会 オールナイトで談四楼」出演者:立川談四楼、立川只四楼


2/23(火)午後2時半「立川さんちの喫茶★ゼンザ 立川流前座勉強会」出演者:立川志ら鈴、立川志ら門、立川らく葉、立川うおるたー、立川らくまん(予定)


2/24(水)午後6時半(開演午後7時)「台所鬼〆独演会 お腹一杯独演会」出演者:台所鬼〆