江西財経大学の余立君さんは、日本に留学した友人を例に、中国人が列に並べない理由について作文につづっている。

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春節(旧正月)期間中には、数多くの中国人が海外や国内で旅行に出かけた。彼らの旺盛な購買力に注目が集まる一方で、ポイ捨てや列への割り込みなどのマナーの問題も依然として指摘され続けている。江西財経大学の余立君さんは、日本に留学した友人を例に、中国人が列に並べない理由について、作文に次のようにつづっている。

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今年1月、日本に留学していた友達の周さんが1年ぶりに帰国した。久しぶりに一緒に食事をした時、周さんは、「ここは故郷なのに、この数日はなんだか慣れないな」と言った。「どうしたの?」と聞くと、「ほら、汽車の切符があれば、カウンターで無料のミネラルウォーターがもらえるでしょ?昨日、僕ももらおうと思って、カウンターの前で並びながら、携帯電話を弄って待っていたんだけど、全然順番が回ってこないんだ。おかしいなあと思ったら、次から次に人が横から割り込んでくるから、30分待っても自分の番なんか来るわけないんだ。日本だと、どこに行ってもみんな列に並ぶ。1年間の生活で、自然に列に並ぶのが当然だと思うようになったんだ」と話してくれた。

行列と言えば、私は生まれて以来、中国のどこに行っても、人が列に並ぶ光景はほとんど見たことがない。特にバスはひどい。バスが来たとたん、みんなわれ先にとドアに殺到する。人ごみに巻き込まれ、後の人に押され、自動的にバスに押し込まれる。けがをすることもある。映画で日本人が整然とバスに乗る場面を見ると、本当にうらやましいと思った。

ある日、バス停は特に人が多かった。私はその人ごみを見て、気持ちが沈んだ。そこで、勇気を出し、そばの優しそうなおじさんに、「あ、あの、行列、作りませんか?」と恐る恐る聞いてみた。すると、「誰も作っていないのに、俺だけ人の後ろに立っていたら、バスに乗れないだろう?人がこんなに多いのに」という返事が返ってきた。思った通りだ。

「じゃ、みんなが並んで乗車するのはばかみたいですか…」とつぶやくように聞くと、「行列はもちろんいいことだよ。そうなってほしい」とうなずいた。「行列を作るのは素質がある表現だけでなく、子どもやお年寄りや妊婦にも大変いいよ」と、その40歳ぐらいのおじさんは言った。すると、そばの20歳ぐらいの女学生が、「でもねえ、今の状態で行列を作ることなんかできないでしょう。みんなに行列の意識がないのに、一人で行列なんかできないわ」と諦めたような表情で言った。「そう?じゃ、もし行列のための柵があれば、その行列に加わる?」と聞くと、彼女は「もしあれば、もちろんでしょう」と答えた。

その話を聞いたら、やはり秩序がある社会を望んでいる人は多いと感じる。しかし同時に、誰も先頭に立って「礼儀正しくしよう」とアピールする人にはなりたくないのだ。つまり、「大部分の中国人は、自発的に行列を作る意識はなし。ただ、外界の強制力があれば自分の行為を拘束することができる」ということが判明した。たとえ普段行列を作る習慣がなくても、ある国に行き、行列を見たら、自分も自発的に列を作るだろう。その一例が周さんだ。行列どころか、先を争い、揉み合ってけがまでする南昌で成長した彼が、日本にたった1年留学した後、生活の習慣はすっかり変わったのだ。

われ先に争う現状を改善するということは、社会全体の風習を変えることだ。それにはまず、政府が国民を啓蒙し、行列を守る意識を人々の心に根づかせるのが一番だ。それに、われわれ中国人も自分の行為をよく注意し、みんなが礼儀正しくすれば、世界の人々にかつての「礼儀の国」の魅力を感じさせることができるのではないだろうか。(編集/北田)

※本文は、第十回中国人の日本語作文コンクール受賞作品集「『御宅』と呼ばれても」(段躍中編、日本僑報社、2014年)より、余立君さん(江西財経大学)の作品「行列を習慣にするために」を編集したものです。文中の表現は基本的に原文のまま記載しています。なお、作文は日本僑報社の許可を得て掲載しています。