『永い言い訳』西川 美和 文藝春秋

写真拡大

 BOOKSTANDがお届けする「本屋大賞2016」ノミネート全10作の紹介。今回、取り上げるのは西川美和著『永い言い訳』です。

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 山形県にて、スキーツアーの観光客を乗せたバスが下りのカーブを曲がり切れずに滑落。崖の斜面を滑り落ち、湖に転落した。運転士2人を含む39人のツアー参加者中、11人が死亡。現在確認が進められている最中であるが、死亡者のうち1人はハンドルを握っていた運転士、1組は60代の夫婦、1組は19歳の女子大生ペア、そして40代の女性2人組――大宮ゆきと衣笠夏子であることが判明。

 事故が発生したとき、衣笠夏子の夫である有名作家・津村啓は、愛人と情事の最中。津村のなかで長年に渡る夫婦関係はすでに冷め切っており、妻が亡くなったことを知らされたときも、取り乱すことはなく涙を流すことすらありませんでした。

 一方、大宮ゆきの夫である長距離トラック運転手の大宮陽一は動揺を隠せません。残された小学6年生の兄・真平と、4歳の妹・灯を抱え、途方に暮れた陽一は、ゆきのアドレス帳を頼りに津村啓こと本名・衣笠幸夫に電話をかけます。いま自分の悲しみを共有できるのは、同じ境遇にある幸夫なのではないかと。そして幸夫と陽一、真平と灯の4人の間に交流が生じることにより、次第にそれぞれの心は変化を遂げていきます。

 夏子が亡くなってからも、彼女について考えることを拒絶していた幸夫ですが、真平たちと共に時間を過ごすうち、次第に夏子という存在と向き合いはじめるようになります。彼女は何を考えていたのだろうか、自分の言動が彼女に何を思わせていたのだろうか。静かに過去を振り返りながら、今までの共に生きていることのできた日々を何故もっと大事にしなかったのか、夏子に、あるいは自分に向けた永い言い訳の日々がはじまります。

「今更だけど、風邪をこじらせたとき、君に言った言葉を後悔してる。病院に行けと口うるさい君に俺は、関係ないだろ、と言ったの、憶えてるだろ。俺がいつ死のうが俺の勝手だと、本気でずっと思っていたんだ。後悔してる。俺はいったい何のために、君と一緒に居たのかね。あのあと君は家を出て、夜半まで町を歩きながら、どんな思いを巡らせたことか。その時だけの話じゃないわよ。と君は言うだろ? そうだろう。すべてがとりとめもなく、終わりそうもない言い訳めいているが、これから俺はきっと、死ぬまでかけて、いくつも君に放った言葉のあれやこれ、取った態度のあれやこれ、を、じわじわと、思い出しながら、背中にいやな汗をかいて、生きて行くんだろう」(本作より)

 4人の交流の様子、家族を失ってからの日々の生活、そして妻を、母を失くしたという事実と共に生きていこうと葛藤する......その様子が4人各々の視点から、また彼らを取り巻く人びとの視点から綴られていくことにより、登場人物たちの心の動きがより鮮明に浮かび上がってくる作品となっています。