中国メディアの捜狐は10日、「日本人が自国に誇りを感じる10の瞬間」と題する解説記事を掲載した。政治や経済、科学技術には関係なく、「日本の文化」から10を選んだ。中には「本当にそうだろうか?」と思える場合もあるが、いずれに対しても「大絶賛」を連発した。(写真は捜狐の10日付報道の画面キャプチャー)

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 中国メディアの捜狐は10日、「日本人が自国に誇りを感じる10の瞬間」と題する解説記事を掲載した。政治や経済、科学技術には関係なく、「日本の文化」から10を選んだ。中には「本当にそうだろうか?」と思える場合もあるが、いずれに対しても「大絶賛」を連発した。

 冒頭で紹介したのは、「芸妓の伝統に身をゆだねる時」だ。「日本では伝統的な芸妓文化がしっかりと伝えられている。これは、われわれも学ぶべきだ」と主張した。伝統文化の保存を誇りに思う日本人は多いだろうが、なぜ「芸妓」に焦点を絞ったのかは不明。ただ、記事担当者自身による「これは美しい。すばらしい伝統だ」と評価する気持ちは伝わってくる。

 次に、日本人は「バラエティー番組を見て、日本人であることを誇りに思う」と論じた。たしかに、番組の面白さに引きこまれることはあるだろうが、日本と外国を比較して日本のすばらしさを強調する内容でもないかぎり、「日本人としても誇り」に直結するとは思えない。

 中国では時おり、日本のバラエティー番組の創意工夫が称賛されることがあるので、記事担当者に「日本人は自慢に思っているはずだ」との先入観があったのかもしれない。

 次には「スポーツの国際大会で自国選手が優秀した際」とした。これには「異存ない」と言いたいところだが、日本人が「日本人に生まれたこと」に誇りを感じるのはむしろ、例えば「惜しくも敗れた自国選手に、多くの日本国民が健闘を称えた」と言った、勝敗だけにとどまらない同胞としての心のつながりを感じるといったシーンではなかろうか。

 記事は次に「日本のアニメを見た時」と主張した。続けて「日本のアニメには人生や社会に対する見方が多く盛り込まれている」として、内容の深さを称讃した。やはり、記事担当者の「称賛」という成分が多く盛り込まれた紹介だ。

 次は「祭りに参加した時」とした。これは、日本人にも比較的納得しやすいかもしれない。祭りの高揚した雰囲気が好きで「日本人に生まれてよかった」と思う人も珍しくないだろう。記事は日本の祭りを「団結心を強め、社会的な教育であり、伝統文化やよいしきたりを伝える」などと大絶賛した。

 そして「夏の花火」を紹介。伝統的な浴衣を着る人が多いことも紹介し、夏の夜を美しく彩る活動で、さまざまな夜店も出ると紹介した。

 記事は次に「落し物が出てきた時」を挙げた。「日本で遺失物が持ち主に戻ることが多いことには大いに驚く」、「ただ戻るだけでなく、迅速に、心を込めて、完全な形で戻ってくる」と紹介。「遺失物が持ち主に戻った心温まる話も紹介されることもある。(これらは)日本人の誇りだ」と主張した。「落し物関係」については、多くの日本人も同感するかもしれない。

 その次は「茶道をした時」と論じた。たしかに、日本の伝統芸術であり、物やパフォーマンスというよりも「心映えの美」を追求する茶道を誇りに思う日本人は多いだろう。ただし、現在も根強い人気があるとはいえ、自分も茶会に足を運ぶ人は、それほどまでには多くないのではなかろうか。

 最後に挙げたのが「古都を観光した際」、「日本料理を食べた際」だ。確かに、古い時代に中国などから文化や技術を取り入れ、それを消化し、その結果を現在にまで残したことは、多くの日本人にとって誇りだろう。日本料理(和食)を食べた際も、日本人としての誇りを感じる人は多いだろう。

 もっとも、ほんとうに美味しい和食を食べた際には、誇りを感じるよりも先に、「ああ。日本人に生まれてよかった」と、感動や感謝の気持ちが先に沸くような気もするが。

 記事全体を読むと、日本人の気持ちに対する「独断と偏見」もあるようだが、いずれにせよ「日本人が育み、今に伝える文化」を高く評価していることは間違いない。中国人一般の日本文化に対する評価はかつて、決して高くなかった。「中国から学んだ。近代以降は欧米から輸入した」程度にしか認識していない人も多かった。若い世代を中心に、中国人の「対日本文化観」は現在、大きく変化しつつある。(編集担当:如月隼人)(写真は捜狐の10日付報道の画面キャプチャー)