我々が日常で言う風邪は、発熱や喉の痛み、咳や鼻水の症状など、すべて合わせたものを呼ぶが、医学的には「風邪」という病気は存在しない。
 専門医によれば、その多くは、ライノウイルス、アデノウイルスなどのウイルスや、溶連菌、マイコプラズマなどの細菌による感染症を指すという。風邪と言えば、「寝ていれば治る」といわれるように自然治癒することもあるが、中には深刻化する場合もあるのだ。

 東京社会医療研究センターの片岡孝彦研究員はこう語っている。
 「一例を挙げれば、アデノウイルスに感染し重症化すると、気管支炎や肺炎、胃腸炎といった病気を引き起こします。また、高熱や喉の痛みといった症状の感染症は、ペニシリンを10日ほど服用すれば治る病気ですが、“単なる風邪”と思って放置してしまうと、リウマチや腎炎など、後遺症を伴う病に陥ったり、心臓弁膜症を発症して死に至るケースもあるのです」

 こんな例がある。都内の商事会社に勤める原田康彦さん(=仮名・45歳)は昨年末に咳に悩まされ、熱も出た。典型的な“風邪症状”だ。原田さんは「市販薬を飲んで安静にしていれば治るだろう」と考えたそうだが、すぐに胃腸炎を合併し、食べ物はおろか飲み物も喉を通らなくなったという。
 さらに下痢や嘔吐に苦しんだ末に意識を失い、気が付けば病院のベッドの上だった。勤務先で倒れた原田さんを、同僚が病院に運んだのだという。

 原田さんの診察に当たった大学病院の医師は言う。
 「発見が遅れていたら、原田さんは亡くなっていたかもしれません。というのも、原田さんは糖尿病を抱え、毎日インスリンの注射を打っていました。しかし風邪で食事が取れないため、『食後に高血糖を抑えるインスリン注射は必要ない』と考え注射を控えていたのです。しかし、これが間違いでした。風邪で食べられないときこそ、インスリンはより多く必要になるのです」

 実際、風邪をひいた人は何も食べなくても血糖値が上がる。これは、糖尿病の常識だ。風邪の原因となるウイルスや細菌が、人のインスリン分泌能力を抑制したり、インスリンの効き目を抑える働きをするからだ。
 「原田さんの場合は食事をしていないため、血液中のブドウ糖を代謝してエネルギーを作ることができなかったのです。それをカバーするため、身体は体内の脂肪を代謝してエネルギーを作ろうとするのですが、その際にできるケトン体が血液中に急激に増え、血液が酸性となった。結果、極度なインスリン不足で意識障害や昏睡状態を起こす糖尿病ケトアシドーシスを発症したのです」(専門医)

 原田さんの場合、これに発熱や下痢による脱水症状が加わり、血液の濃度が高くなり、脳梗塞や心筋梗塞を起こすリスクもあったという。
 「糖尿病の飲み薬を飲んでいる人や糖尿病予備軍の人も、重度の糖尿病に進んでしまう可能性があるため要注意です。人によっては、1型糖尿病を発症することもある。その原因ははっきりしていない部分もありますが、免疫細胞が風邪のウイルスや細菌と間違えて、インスリンを作る膵臓の細胞を破壊するためと考えられています」(専門医)

 また、市販の風邪薬の中には、インスリンの働きを強め、逆に薬の作用を弱めるものがあるので、専門家は注意を呼び掛けている。