偏った意見が人びとの偏見を形作る。これは現在の日中関係にも言えることだろう。しかし中国メディアの網易はこのほど、過去に日本の先進技術を中国に導入するために訪日した中国人の経験を紹介、偏見に影響されずに実際に目で見て感じた日本の印象を伝えている。(イメージ写真提供:123RF)

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 偏った意見が人びとの偏見を形作る。これは現在の日中関係にも言えることだろう。しかし中国メディアの網易はこのほど、過去に日本の先進技術を中国に導入するために訪日した中国人の経験を紹介、偏見に影響されずに実際に目で見て感じた日本の印象を伝えている。

 記事で紹介しているのは1972年の日中国交正常化、そして1978年の日中平和友好条約締結の後の時代だ。ある中国人技師は1984年に日本を訪れ、中国でまだ生産されていなかったポケットベルの生産技術を学んだ。この過程を通じて、中国はまもなくポケットベルを国内生産できるようになったという。

 中国人技師は1990年に再び訪日、今度は日本のファクシミリの生産ラインを中国国内に導入した。これは当時、中国国内で唯一のファクシミリ生産ラインだったそうだが、現在では中国最大のファクシミリ生産基地になっているという。中国人技師は中国の工業化のために日本の先進技術を導入できたことを「今なお誇らしげに語る」そうだが、その背景には、この中国人技師に対する当時の日本人の接し方も非常に良かったこともあると伝えている。

 当時は中国が改革を始めた時期であり、日本もこれまで積極的に対中ODAを実施しており、1979年からの援助総額は約3兆円以上にのぼる。この時期を通じて、中国は数多くの日本の技術を導入、現在の工業発展の基礎を築くことができたと記事は説明している。

 前出の中国人技師の立場で考えれば、当時の日本はまさに中国工業化の恩人だ。同時に、中国人技師にとっては中国発展のために非常に大きな意義の仕事に携わることができた。このような素晴らしい機会をくれた当時の日本に対する彼の印象も素晴らしいもののようだ。

 中国人技師はさらに日本で当時世界最速の新幹線、最速のエレベータ、エスカレーター、カラーテレビ、電気オーブンを目にし「物質的に非常に豊かな国」という印象を持ったという。清潔な公衆トイレ、ゴミ収集システム、廃品回収システムなどの完備も含め、日本の生活は中国に比べて20-30年は進んでいると感じたそうだ。

 日本人の素養や民度についても、小学生ですら礼儀を理解していて、お年寄りを見かけると道を譲ること、レストランで大声を張り上げる人がいないことなどについても中国人技師は称賛している。記事はこの中国人技師のように、人びとは自らの体験を通じて他国を知り、かけがえのない平和に貢献できるというメッセージを送っている。(編集担当:村山健二)(イメージ写真提供:123RF)