現役中、引退後を含めて、かたくなに口を閉ざしてきた海堀があえて今回、斜視のことに触れたのにはある強い想いがあるからだった。

「いろんなことが起きる可能性は誰にでもあると思うんです。でも、どんなに苦しい状況でも一度自分で受け入れないと何も始まらない。自分も受け入れてなかったらヒステリックにサッカーしていたかもしれないし、目の症状が出たせいでサッカーをやめることになったと言い訳にしていたかもしれない。受け入れた上で何をどうするかが大事。自分はいろんな人の助言やサポートがあったから現実を受け入れられた。だからすべての出会いに感謝しています」

 さらには斜視の症状が出たこと自体は、大きな壁ではなかったと言い切った。

「そこはちゃんと立ち向かってクリアしてますから(笑)。要はそこから頑張れるかどうか、なんです」

 一度はどん底に突き落とされたが、自らの感覚を養うことでその壁を取っ払った海堀だからこそ、その言葉には重みがある。

「人ってエゴがある。見えるようになったらせっかく身につけた察知力が鈍ってくるんですよ(笑)。何かを得れば、何かを失うし、その逆もある。そういうジレンマもありました」

 もちろん、第一線ではなく、できる範囲で現役を続けるという道もあった。そこを選択しないところがまた海堀らしい。

「移籍してまでできるモチベーションがあるなら、どこでもできます。違う道を選べば楽しくはできるかもしれないけど、プロとしてサッカーをするならばやっぱり厳しさを求めてしまうんですよね」

 こうした海堀の厳しさは個性のひとつでもあるが、多大な影響を受けたのは、偉大な2人の先輩GKだった。山郷のぞみ(元なでしこジャパン)と福元美穂(湯郷ベル)。海堀が初めて身近に接したGKだ。

 初めて出会った2008年から、この2人は海堀にとって絶対的な存在となった。海堀いわく、2人のストイックさには勝てる気がしないのだそうだ。2人に聞けば違う答えが返ってきそうなものだが。

「それでも追いつけなかったな......自分もこうなりたいって思える2人だった。散々迷惑かけましたけど(笑)。19歳の途中で代表に入れてもらって、一番初めに影響を受けた人で、最後まで影響を受けた人。これもめぐりあわせだったのかな。正直、最初はこんなにGKやると思ってなかったですから(笑)」

 北京五輪選考の際、2つのGK枠を争った結果、海堀と福元が選出された。大ベテランで、なでしこの精神的柱となっていた山郷の落選は、誰も想像していない中での出来事だった。選手全員がショックを受けた。駆け出し中の駆け出しである海堀は望むと望まざるとに関わらず、強制的に複雑な立場に立たされた。ある意味、マイナスからのスタートだったといってもいい。

 しかし、因縁の3人は、徐々に互いをリスペクトし合うようになっていく。2人とともに成長してきた海堀にとって、やはりなでしこジャパンは所属チームとはまた違った"特別"な場所だ。だからこそ、恐怖心に打ち勝てない自分はそこにいるべきではない、そう判断したのだ。

「正解だって言い聞かせていたけど、試合に出ることが本当に正しいかわからなかった。でも、そんな中途半端な覚悟で立つべきではないし、立っていい場所じゃないんです、なでしこのあの場所は」

 国を背負う――中途半端な気持ちで戦える場所ではないからこそ、たとえそれがオリンピック前であろうと、自ら退かなければならない。結果として、斜視の症状が試合中に出ることはなかった。だがこの時期での引退は、海堀なりの精一杯のケジメの付け方だったのだろう。

 結果として自身最後の舞台となった皇后杯を、海堀は最後まで自分のために戦おうとはしなかった。

「澤さんが引退するっていうことで集中できたところもあったと思うんです。いつも横にいてくれるんですよね。自分の中ですごく支えになっていました。ここまで続けてきたから最後の試合を澤さんと一緒にできたし、ここまで頑張ったから同じピッチに立てたんだって思える。澤さんには点を獲るために上がってもらうから、後ろは絶対に守ろうねって結束が生まれたんです」

 いつものように練習に全力を注ぎ、いつものように試合に臨む。"最後"を意識せず、最後まで走り抜いた。

「目のことは......本当にそのときは絶望的なきっかけだったけど、気付かせてくれたことが多かった。だから今苦しい立場に立ってる人も、周りにはきっと支えてくれる人がたくさんいるし、選択肢もたくさんあるかもしれない。そんな苦しいことも含めて伸びしろなんだと思うんです。どんなことにも意味がある、絶対に。だって生きてるだけでもすごいことでしょ?」

 思い返せば、北京五輪直後にも海堀が同じようなことを言っていた。あのとき彼女は確かにこう言った。

「今は何もできないけど、私がここ(北京五輪)にいる意味がきっとあるんだと思う」

 あのときの彼女の言葉には強い願望が混じっていたが、今の海堀の言葉には確信がある。彼女の変わらない想いを見た気がした。ともすれば逃げ出したくなるような状況でも、常に自分と向き合い、甘えを許さず、己を律する。どこか危なげでそれでいて繊細すぎるほど不器用。決して自分をごまかすことはしないGKだった。

「目が改善されて納得しているけど、もしかしたらボールが2個見えていた方が感覚的にはすごかったから、それの方がよかったという人もいるかもしれない。自分にとっての正解は自分で見つけるしかない」

 何を良しとするかは自分次第。十人十色の問題があって、人それぞれに正解がある。だからそれは自分で見つけなければならない。

「いろんなすごい人がいるから、学ぼうと思って頭でも考えようとした。でも目のことがあって、『お前は感覚なんだよ』って言われているのかなって思いました。自分らしく吹っ切れた気がします。今は自分で引き際を見つけることができてよかったと思っています」

 引退に至る多くの理由の根底でつながっていたのは、海堀の信条を貫くことができるか否かという、実にシンプルではあるが揺らいではならない信念だ。

「そこだけはどうしても曲げることができなかったですね......」

 毎年やってくる壁を、信念を持って超えることができない現実を受け入れたとき、海堀は引退を決意した。そして"味方のミスをミスにしない"という生き方――今後もきっと海堀はこの言葉のように歩みを進めていくのだろう。それも実に彼女らしいと私は思う。

早草紀子●取材・文 text by Hayakusa Noriko