清原の右脚には入れ墨が刻まれている

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 元プロ野球選手・清原和博容疑者(48才)の覚せい剤所持による逮捕を受けて、元妻であるモデルの清原亜希(46才)は所属事務所を通してコメント出した。元夫の逮捕で多くの人々に迷惑をかけたことを謝罪した上、《今、私にできることは多くありませんが、まずは親として、大切な子供たちを守ることが一番の責任だと思っております》と心境を語った。

 2008年に清原が現役を引退すると、子育てが一段落した亜希は「清原亜希」の名前でモデル業に復帰した。しかし、幸せは長く続かなかった。

 2009年9月、清原と銀座の高級クラブママとの不倫旅行が報じられた。以後、別の銀座クラブママともたびたび噂され、亜希は夫の女性関係に苦しめられた。

「でも彼女は“女性問題なんて大したことない”と笑っていました。2人の息子さんは父親が大好きで、清原さんもまた、息子たちの前ではよき父の顔を見せていたから。子供が少年野球を始めてからは夫婦で練習を見に行き、清原さんがチームのみんなにバッティングを教えてあげることもあった。亜希さんは、この父子の関係を壊してはいけないと思っていたんでしょう。“そんなことで離婚はしない”と言っていました」(亜希の知人)

 女性関係に目をつむっても、亜希の苦悩は深まるばかりだった。夫の外見が日に日に変わっていくのだから。

 現役時代、2004年の契約交渉の席で「煮え湯を飲まされ、その悔しさを忘れないため」に入れ墨を彫ろうとした清原は、母親の猛反対を受け、ピアスを空けるにとどまった。

 しかし清原は引退後、右足のふくらはぎに龍の入れ墨を彫り、後に左胸から左腕にかけても同じく龍の入れ墨を彫った。

「現役時代から交流が噂されていた闇社会とのつきあいが、引退後により強まったんです。もともと彼は任侠の世界に憧れがありましたから…。彼としては決して野球を捨てたわけではなく、解説者から指導者というレールを夢見ていたようですが、入れ墨を彫る人間が指導者になれるわけがない。亜希さんもこの時ばかりは泣いて懇願したそうです。“お願いだから入れ墨は消して”って。でも、清原さんは聞く耳を持たなかった」(前出・亜希の知人)

 野球解説のオファーが届くこともあったが、彼は収録のドタキャンを連発。各局でブラックリスト化し、すぐにオファーはなくなった。

 思い描いた「第二の人生」が送れないストレスから、彼の私生活は荒れる一方だった。当時、清原一家と同じマンションに住んでいたバイオリニストの高嶋ちさ子(47才)は、あるテレビ番組で亜希と対談した際、「清原家はうるさい」として次のように暴露している。

「半端ないよ! 家壊れるかなって思う時ある。壁をドンドンって。これが朝5時くらいから」

 亜希は「子供たちがボールを壁にぶつける音」と釈明したが、苦しい言い訳だった。

「常識的に考えて、そんな早朝に子供が遊ぶはずない。現実には酔って帰った清原さんが亜希さんと言い争いになって暴れていたそうです。彼はバットで壁を殴って穴を開けたこともあるそうで、亜希さんはその上に息子たちの描いた絵を張って隠していた」(別の亜希の知人)

 190cm100kg超という巨漢が家の中で暴れる恐怖は察するに余りある。

「夫が暴れた際は“緊急事態”と言って、子供を連れて友人の家に避難することもままあったそうです。彼女はそれでも“夫はわが家の長男みたいなもんだから”と、愛想を尽かすことはなかった」(前出・別の亜希の知人)

 だが、2014年3月に『週刊文春』が清原の「覚醒剤中毒疑惑」を報じ、亜希は決定的に追い詰められた。当時、清原は薬物使用を全否定したが、ほかならぬ亜希自身、夫の薬物使用を強く疑ってきた。

 清原が自宅で薬物を摂取することはなかったというが、中毒状態になっていた夫の異変に妻が気づかぬはずはない。長年の予感を的中させる報道を受けて、亜希はある親友に身の上の相談をしたという。十代のころにアイドルグループ「セブンティーンクラブ」のメンバーとしてともに芸能活動をしていた工藤静香(45才)だ。

「一時は疎遠になっていましたが、夫の愚痴などを言い合える仲で、この時期にいちばん相談していたのは静香さんでした。亜希さんは夫の異変を打ち明けたそうです。静香さんの答えは“離れた方がいい”。離婚後の仕事のことなども具体的に相談していたようです」(前出・亜希の知人)

 亜希は子供を連れて夜逃げ同然で家を出た。家賃45万円の3LDKのマンションで新生活を始め、薬物報道から半年後の2014年9月、夫と離婚した。

※女性セブン2016年2月25日号