来季、マンチェスターCの監督に就任と報じられたグアルディオラ。バルセロナ4年、バイエルン3年。采配を振るったクラブはまだ2つで、サンプルは少ないながら、グアルディオラは一つのクラブに長く留まるタイプではない監督に見える。

 スペイン、ドイツ、そして次はイングランド。どこか1か国に留まるタイプでもなさそう。母国を離れることに抵抗がないというか、離れることにむしろ積極的だ。

 グアルディオラのサッカーには多くのこだわり、つまり哲学や思想がある。だが、バルサで監督を4年間務めたことで、スペイン人にはその中身が伝わった。つまり、伝えることがなくなった。ミュンヘンを訪れた大きな理由だと思う。そしてミュンヘンに渡り3年が経過。ドイツにも十分、知れ渡った。マンチェスターC行きは、イングランド人にも自らのサッカーを知ってもらうため、だと思う。で、また3、4年経つと次の場所に移っていくのだろう。バルセロナやミュンヘンに戻る選択肢はないと考える。
 
 自らのサッカーを各地に伝える姿は、宗教を布教して回る宣教師と重なる。フース・ヒディンク(現チェルシー監督)が、2002年日韓共催W杯に臨む韓国代表監督の座に就いたのは2000年の1月だが、直後、彼はこう言ったものだ。「オランダのサッカーをアジアに宣伝するためにやって来た」と。ヨハン・クライフも全く同じ台詞を口にした。「オランダのサッカーが韓国代表を通して極東地域に伝わることを願っている」と。

 蘭学を日本に伝えたオランダ人。文字通り航海士であり宣教師だ。「海を渡って外国に行き、何かを伝えるのが好きな気質がある」とは、クライフの言葉だが、クライフ自身にも、そのサッカー哲学を伝えるためにバルセロナに赴いた過去がある。そのクライフが指揮を執るバルセロナで、その影響を強く受けて育ったグアルディオラに、血が引き継がれているのは当然かも知れない。サッカー哲学を携え、バルセロナからミュンヘンを経てマンチェスターに辿り着こうとしている姿はまさに宣教師。

 そのグアルディオラには、現役時代の試合後、相手チームの監督に「どうしてあなたはそんないいサッカーができるんだ」と言って近づいていったという逸話がある。その人物は、その試合でバルサに善戦した時のオビエド監督、フアン・マヌエル・リージョ。2003年に行われたバルサの会長選でグアルディオラをGMに据える公約を掲げ立候補していたバサート氏はラポルタ氏に僅差で敗れたが、バサート氏が勝った場合GMとなるはずのグアルディオラが、バルサ監督に推していたのがこのリージョだ。バルサの監督になり損ねたリージョ(現ミジョナリオス・コロンビア監督)は、スペインのいくつかのクラブで監督をした後にフリーの身になって評論等の仕事をしていた頃、こちらにこう述べた。

「スペインで監督をする気持ちが湧いてこない」と。理由を尋ねれば、「こちらから何か伝えることがほとんどない状態だから。監督をしても面白くない。監督をするならスペイン以外に限る」と述べた。「日本のサッカーにも高い関心を持っているのだけれど」とも付け加えたが、その結果、現在コロンビアにいる。リージョは、それ以前、メキシコのクラブチーム、ドルドス・シナロアでも采配を振るっていたこともある。グアルディオラが現役を終えたクラブとしても知られるが、その引退のタイミングは、リージョがチームを去る瞬間と一致していた。

 グアルディオラはバルサを退団した後、イタリア、カタール、そしてメキシコでプレイを続け、引退後はアメリカで暮らした経験もある。語学を学ぶため。アメリカ的な考えを学ぶためだと言われるが、その頃から、宣教師になる準備を整えていた、と思われる。