新潟に自分の鯉専用の水槽を借りている前川清

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 なんでも、錦鯉、秋田犬、レース鳩、盆栽を“日本4大とっつぁん趣味”と呼ぶそうな。なかでも「愛鯉家(あいりか)に女性は皆無」というほど、錦鯉の世界は男まみれだ。未知なる領域に分け入ってみよう。

 秋から春にかけては、大小の品評会が行われる。金額は1匹500円〜数百万円とピンキリだ。会場には、自慢の鯉を出品する錦鯉のオーナーと、その鯉を預かって育てる養鯉業者が集結する。15cmから1m超えのものまで、鯉の大きさと柄で分けたいくつものビニール製プールが並び、審査員が審査する。

 泳ぐ鯉を眺めながら、おじさんたちは目を細め、「さすが違うなあ。この親は○○の流れで…」などと、朝から夕方まで一日中、語り合っているという。

 サラブレッドのように錦鯉にも血統があり、養鯉業者は、品評会当日、自分の鯉が最高のコンディションになるように数か月前から餌をあれこれ調整する。また、水温の急激な変化は鯉にストレスをかけ、体調を崩したり、体の色まで変えてしまう原因になったりするので、前もって会場とほぼ同じ水温で泳がせておく。

 輸送中も、出品する鯉が安心していられるように、いつも一緒に泳いでいる仲間を同行させることもある。しかし、それらの技術の多くは門外不出だという。

 品評会で最も名誉ある賞は、“全体総合優勝”だ。2014年11月、あらゆる錦鯉の頂点に立つ、栄えあるこの賞に輝いたのは、誰あろう、歌手の前川清さん(67才)である。日本で賞をとるため、金に糸目をつけない中国勢がここ数年上位を占めていた中での快挙だった。

 前川さんと鯉の出合いは、故郷・長崎の小学校低学年時代にさかのぼるが、当時眺めていたのは黒い真鯉で、色のついた錦鯉がいることを知ったのはずっと後だという。前川さんは、『長崎は今日も雨だった』のヒットを機に、積年の思いを叶えるべく、新潟・小千谷の地を訪れた。

「いつも専門誌で眺めていた錦鯉を、実際に見たときは、うわぁ、こんなにきれいなんだって一瞬でハマりました。あれから45年以上たった今、タレントとしてどこかに行くと、『お、前川清が来た』と見られるけど、鯉の世界では『また来ているよ』てなもんです。

 確かに鯉の世界にいるときの自分は、写真を見ても何のオーラもない完全にとっつぁん(笑い)。長靴をはいて、麦藁帽をかぶって、暑い日に魚の選別をしたりして。あんまり人に見られたくない姿だけど、何もかも忘れている、幸せな自分がいるんですよね」(前川さん)

 前川さんは、新潟に自分の鯉専用の20〜30トンの水槽をいくつか借りている。

「真夏の鯉は、泥色の野池に入っていて見られないから行かないんです。でも秋になると…もう、体に鯉のリズムが刻まれているんですね。気になって気になって、10月から4月まで、また通い出す。この繰り返しですね」

 そんな錦鯉の“美のツボ”はどこか。写真を見れば見るほど、わからない。前川さんに聞いてみた。

「この鯉を親にして交配したら、こんな鯉ができるんじゃないかと夢を見て手作りするんですけど、小さいうちはきれいでも、80cm、90cmと大きく育つにつれてアラが目立つんです。だからこそ、大きくて、くっきりと色・柄が出て、型つきがいいのが育ったときの喜びといったらない」

 錦鯉の魅力を紹介する専門誌、月刊『鱗光』の編集者・田代聖子さんはこう言う。

「食べられないし、いずれ死ぬ鯉に大きなお金が動くことが理解できないと言うと、愛鯉家は『命が限られているからこそ、一瞬の美しさがたまらない』と言うんです。鯉は、大小を同じ水槽で飼ってもけんかをしない。赤、黄、黒、白など色とりどりの鯉が群れて泳いでいるのを見るとなんとも癒されるという人もいます」

 その魅力をひと言では言い表せないところが、道楽の道楽たるゆえんなのだろうか。ちなみに錦鯉は「どんなに思い通りに仕上がっても、死んだからお墓をつくろうという気にならない。かわいいという感情とはすごく離れたところにいる」と前川さん。

 …おじさんの愛がますますわからなくなった。

(取材・文/野原広子)

※女性セブン2016年2月18日