●リメイク『X--ミッション』VSオリジナル『ハートブルー』

 今回は、まず惹句から見ていただきましょう。

 「世界トップアスリートによる、史上最もガチなアクション!」

 2月20日から全国公開される『X--ミッション』というアメリカ映画の惹句です。もうこの1行で、どういう映画か分かりますよね。バリバリのアクション映画大作。しかも3Dでスカイダイビングやらサーフィンやらロッククライミングを見せるのですから、そりゃもうド迫力。思わず後ずさりしたくなるような映像が、スクリーンから立体的に迫ってくるわけですから、たまりません。

 そのアクション映画の大作『X--ミッション』はリメイク作品であり、1991年に製作された『ハートブルー』がオリジナル。『ハートブルー』の監督は、当時ジェームズ・キャメロン監督といい仲だったキャスリーン・ビグロー。後に『ハート・ロッカー』を監督する女性です。ただし『ハートブルー』『X--ミッション』、共にオリジナル・タイトルは『POINT BREAK』です。『ハートブルー』とは日本公開時、配給した日本ヘラルド映画がつけた邦題で、アクションではなく別の要素を強調しようとした戦略が見て取れます。その「ハートブルー」の惹句はといえば・・。

 「銀行強盗とサーフィンに命をかけてもいいかもしれない」

 これはもう、アクション映画の惹句ではありませんね。「・・・いいかもしれない」という語尾には、バブル時代特有の浮遊感というか、いかにも地に足がついてない感じが色濃く出ています。本来はアクション映画である『ハートブルー』を、あえてこういう風に宣伝することが、この時代における新しさだったのでしょう。『ハートブルー』という映画にはアクションだけではなく、サスペンスや恋愛、立場の違う男同士の友情など、様々な要素が込められています。この惹句からは、そうした映画のパーソナリティが漂ってこないのが残念です。


●『トータル・リコール』オリジナル版とリメイクの間にある、20余年という歳月。

 アメリカ映画では相変わらず、往年の名作、ヒット作のリメイクや続編、リブートと呼ばれるシリーズの"良いとこどり"をした新作が数多く作られていますが、最近感じるのはオリジナルの公開から、さほど時間が経っていないにも関わらずリメイク・バージョンが製作されるという、企画不足を感じさせる風潮です。『X--ミッション』と同じく、90年代の作品を2013年にリメイクしたのが『トータル・リコール』です。オリジナル版の日本公開は1991年の12月のこと。その惹句は・・。

 「見たこともない!
  いま、新しい冒険映画をハリウッドは創り上げた。」

 これまた時代性が色濃く出た惹句です。「見たこともない!」というメイン惹句は、明らかに流行語になることを狙ったもの。この映画を配給した東宝東和としては、『サスペリア』の「決してひとりでは見ないでください-」のような、惹句が流行語になって映画のヒットを後押しすることを目ざしたのでしょう。さっぱり流行はしませんでしたが、でも映画はヒットしました。
 それから「いま、」の乱用も、80〜90年代の映画惹句によく見られるパターンです。もっとも、この時代は映画だけでなく、町中の広告に「いま、」が溢れていましたが。この時代に溢れかえった大量の「いま、」惹句を見ると、「今だからなんなんだ!!」とツッコミをいれたくなる気持ちと、気恥ずかしさを感じてなりません。
 「ハリウッド」を惹句に入れるのも、シネコンが登場する以前の、ハリウッド映画に観客が憧れを持っていた時代の反映と言えます。限られた数の映画館しかなかった時代、観客が映画に求めるものは「憧れ」でした。それがシネコンの登場によって、「共感」が求められるようになります。外国映画より日本映画。けたたましいだけの自称大作は敬遠されがちというのが、ここ数年の我が国映画産業の傾向です。

 では2013年にリメイクされた『トータル・リコール』の惹句を見てみましょう。

 「この夏、知らない自分が目を覚ます
   なりたい自分になれる記憶、あなたは買いますか?」

 こちらは打って変わって、おとなし目。というか、もうちょっとハッタリがあっても良いと思います。それと、オリジナルがアーノルド・シュワルツェネッガー主演、ポール・バーホーベン監督が大きなセールスポイントだったのに対して、リメイク版はフィリップ・K・ディックの原作を多分に意識した感じの惹句です。「この夏、」というのも、80〜90年代の映画惹句にはよく使われたフレーズです。これまたその時代を体験している筆者としては、何とも言えない気恥ずかしさを禁じ得ません。


●「野火」の惹句は、短いながらも骨太で力強い

 さて日本映画におけるリメイク事情を探ってみると、アメリカ映画ほどマーケットが主導する感じはしません。むしろ監督の個人的な思いが再度の映画化のモチベーションになったケースも少なくありません。昨年公開された、塚本晋也監督の『野火』は、大岡昇平の原作を1959年に市川崑監督が映画化しています。その市川監督版『野火』の惹句を、当時の新聞広告からピックアップしてみました。

 「野火燃ゆるレイテの戦場に捉えた異常な真実!
  魂を失った人間の極限を描く問題大作」

 『野火』は原作小説において、その描写の凄まじさが話題になった作品ですが、当時この映画の製作・配給した大映は、そうしたショッキングな内容を興味本位で宣伝するのではなく、作品の持つテーマ、映画としてのクォリティの高さを前面に出した、そんな気概が感じられる惹句です。
 ではリメイク版『野火』ですが、この映画について塚本監督は「市川監督のリメイクではなく、原作から感じたものを映画にした」と語っています。その塚本版『野火』の惹句をチラシから。

 「なぜ大地を血で汚すのか」

 短いながらも、力強い、骨太なメッセージ性を感じさせる1行です。まさに「原作から感じたこと」を、映画のみならずこの惹句にも反映させているあたりからは、塚本監督の揺るぎない信念さえ感じられます。
 もしかしたら、先に『野火』を映画化した市川崑監督も、この惹句のような思いを映画に込めていたのではないでしょうか。この塚本版『野火』の惹句、市川版の惹句として使っても違和感を感じません。それだけ『野火』という原作小説が訴えかけていることは、我々がいま、正面から受け止めなくてはならないのでしょう。

(文/斉藤守彦)