昭和を舞台に落語の魅力を描くアニメ「昭和元禄落語心中」、先週は第4話が放送された。本日最新刊の9巻が発売される雲田はるこ原作コミックでは第2巻の後半からラストまでにあたる内容だ。


運命の女が登場


物語は回想パートの第2部「八雲と助六編」に入っている。
菊比古(のちの八代目有楽亭八雲)と同時入門した初太郎は有楽亭助六を襲名し、二つ目ながら人気者として地位を確立しつつあった。助六の後塵を拝した菊比古は一向に光明の見えない修業生活と、落語だけでは食えずカフェでアルバイトをするしかない貧しさに打ちのめされ、塞ぎこむ日々を送っていた。そんな中、師匠・七代目有楽亭の提案から、思いがけないことが起きるのだ。
アニメでは第2部のキーパーソン、向島芸者のみよ吉がいよいよストーリーに関わってきた。後に八雲と助六の2人と交わり、その人生に深い爪あとを残すことになる。ファム・ファタール、文字通りの運命の女だ。演じる林原めぐみは「昭和元禄落語心中」の主題歌、「薄ら氷心中」も歌っている。この曲のプロデュースを手がけたのは椎名林檎だ。椎名は落語界とも縁がある人で、立川談志の晩年を追ったドキュメント「遺芸 立川談志」のナレーションも担当した。

ライバルたちのモデルは?


途中で日本橋が出てくる。現在の橋は高架下になってしまっているが、劇中では振り仰ぐと空が見えるので、高速道路が建設された1963 年より前の時代だとわかる。カフェにやってきた女性客も和装だったし、このころまでは着物を普段着とする人は珍しくなかった。オリンピックで東京の景観は変貌し、住民の精神性も大きく変化した。その直前の、旧時代の匂いが濃く残っている頃の話なのだ。
お話の中では、洋装の似合う菊比古と着たきり雀でどこに行ってもどてら姿の助六というのが好対照を見せていた。本編の登場人物に特定のモデルはいないと思われるが、それでもこの構図はある2人の落語家を連想させる。六代目三遊亭圓生と五代目古今亭志ん生だ。今発売されている「文藝別冊 古今亭志ん生 落語の神様」に、洋装の圓生と和装の志ん生のツーショットが掲載されているので、関心ある方は見ていただきたい。この2人は大戦中に中国大陸へ慰問に出掛け(そこが菊比古とは違う)、死線をくぐり抜けたことで芸に開眼して帰国した。志ん生には親友の八代目桂文楽(先代、故人)というライバルが他にいたが、圓生は志ん生を終生意識し続けたのだ。
その志ん生は若いころ真打披露用に貸してもらった大金を遣いこんでしまい、結局汚いなりのままで披露興行を通したという逸話を残している。若いころの仇名が「死神」、もしくは「うわばみの吐きだされ」である。相当みすぼらしかったのだろう。うわばみの吐きだされというのは、身なりが汚くて大蛇(うわばみ)でも吐き出すだろうということか。

落語家の稽古は三回稽古


第4話には菊比古が師匠に稽古をつけてもらう場面があった。流派によって異なるだろうが、昭和のころに一般的だったのは「三遍稽古」というやり方だった。まずは稽古をつける側が同じ噺を三遍やってみせ、教わる側はそれで覚える。次に訪問した際には逆に自分が噺を演じ、それでいいかどうかを判断してもらうのである(これを「上げる」という)。昭和のころは機材もなく、録音が許されない場合もあったというから、今とは稽古の様子もだいぶ違ったはずだ。稽古についていろいろな逸話が残っているが、八代目桂文楽(先代。故人)が前座時代に当時の立花家左近、後の三代目三遊亭円馬に教わったときのものは有名だ。文楽が言葉の途中に「エー」と言う癖があったのを、円馬はオハジキで直させた。「エー」と言うたびにそれを投げつけるのだ。

──やっとのことで一席終わると
「おい、いくつあるか数えてみな」
と、投げられたオハジキを数えさせられるのですが、七十いくつもあったのには我ながらおどろいたものです。そのうちに、その数が四十になり、二十になり、とうとうなくなるまでこのオハジキのけいこは続きました。(「落語十話」より。「文藝別冊 八代目桂文楽」所収)

落語は基本的に口伝であり、元になるテキストがあるわけではない。したがって同じネタでも流派、演者によってあら筋の細部や登場人物などは異なる。また、噺によっては演者がオリジナルのくすぐり(ギャグ)を考案して入れている場合があり、それを無断で他の者がやってしまうことはご法度なのである。だからこそその演者に稽古をつけてもらい「上げて」もらう必要がある。そのようにして「噺」という無形の財産が継承されていくのだ。
もっとも、忙しい真打連に弟子の相手をしている時間がそうそうあるわけではない。たとえば五代目柳家小さんは弟子に、高座の袖で聞いて覚えろ、覚えたら聞いてやる、と言っていたそうだ。

──師匠曰く、「噺を覚えるのが落語の稽古じゃねェ。覚えた噺を師匠に聞いて貰って、直して貰ったり、噺の急所を教えて貰うのが稽古だ」。これが四代目小さん師匠から五代目の師匠へ伝わる「柳家の落語の創り方」なんですね。(柳家小里ん『五代目小さん芸語録』

劇中の噺


今回口演されたネタは2席である。
助六の熱演(山寺宏一が上手い)を長い時間とって見せたのは「夢金」だ。百両手に入れることを夢見る船頭・熊が、雪の晩に侍とその妹を乗せる。しかし大川を行くうちに侍は、女が実は妹などではなく、懐に入れた大金を目当てに騙して連れて来ただけだと明かすのだ。女を殺す手助けをしろ、さもないとおまえも斬る、と脅されて熊はやむなく首を縦に振る。そして度胸を決めると、奪った金は山分けにしろと凄むのである。
船を漕ぐ熊の背後に、一面の雪景色が見えてくるような冬の噺だ。しいんと静まり返った夜の中を、水面を切り裂くようにして舟が行く。その背景があるからこそ、侍との密談に惹きこまれるのだ。アニメでは、熊と侍の会話を、さながら別人が話しているかのように振りを大きくしたカットで描き、緊迫感ある情景を作り出していた。アニメならではの趣向である。
「夢金」は前出の六代目圓生の師匠である五代目圓生(肥っていたため、通称はデブの圓生)が完成させた形が一般的で、六代目も得意ネタとしていた。「東京かわら版」で見ると直近の落語会でもいくつか予告が出ているが、お薦めは2/19(金)なかのEROホールで開かれる柳家三三独演会か。もし予約が間に合うようなら、人気真打の熱演をぜひ。

もう一席は、菊比古が師匠に稽古をつけてもらっている場面でオチのみ語る「明烏」である。昔の吉原は、単なる風俗街ではなくてテーマパークのようなものであり、成人男子が好む遊びがみなそこにあった。それを経験しなくては世慣れた男になれないと、父親が心配し、堅物の息子を騙して吉原に送り込むという噺である。廓噺の代表格ともいえ、地理や風俗などが鮮やかに織り込まれるため、柄も大きい。上品な艶笑譚として、人気の高い一席だ。
少し入り組んだ起源を持つ噺で、実際の心中事件を元に新内節が作られ、そこから発端の部分だけが落語として独立したものである。主人公の名前が浦里・時次郎となっているのは、その名残りだ。八代目桂文楽の十八番であり、終盤で甘納豆を食べる場面があまりにおいしそうなので、寄席の仲入りでそれが売り切れたという伝説がある。現在でもやり手は多く、直近で予告が出ている中では2/6(土)14 時からの新宿・無何有開催「この人を聞きたい」落語会の隅田川馬石、2/26(金)日暮里サニーホールの三遊亭鳳楽独演会などがいいのではないだろうか。

今夜放送の第5話では、助六企画による「鹿芝居」が上演される。「はなしか」の「しばい」だから「しかしばい」で、過去にはよく上演例があったようだ。今でも廃れたわけではなく、国立演芸場中席(11〜20)では、仲入り後に「品川心中噂達引」が上演される。こちらも関心がある方はどうぞ。
(杉江松恋)

(おまけ)

私も新米落語プロデューサーというか、下足番として会を企画しています。よかったらこちらにも足をお運びください。

2/19(金)午後6時半(開演午後7時)「立川談慶独演会 談慶の意見だ」出演者:立川談慶、ゲスト:畠山健二(作家)


2/21(日)午前0時半(開演午前1時)「立川談四楼独演会 オールナイトで談四楼」出演者:立川談四楼、立川只四楼


2/23(火)午後2時半「立川さんちの喫茶★ゼンザ 立川流前座勉強会」出演者:立川志ら鈴、立川志ら門、立川らく葉、立川うおるたー、立川らくまん(予定)


2/24(水)午後6時半(開演午後7時)「台所鬼〆独演会 お腹一杯独演会」出演者:台所鬼〆