五輪出場という最大の使命に対し、「23人全員が当事者意識を持って戦えた」と、霜田技術委員長はチームの一体感、手倉森監督のマネジメント力を評価した。写真:佐藤 明(サッカーダイジェスト写真部)

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  今年8月に開催されるリオデジャネイロ五輪出場を決めたU-23日本代表の戦いぶりを、日本サッカー協会の霜田正浩技術委員長が総括した。
 
 日本のアジア制覇から4日後の2月3日、都内のJFAハウスで報道陣の取材に応じ、リオ五輪最終予選を兼ねていた先月のU-23アジア選手権を分析。準決勝でイラクに2-1で競り勝って五輪切符を掴み、決勝では韓国に3-2で逆転勝ちしてアジア王者の称号を手に入れたチームの勝因を語った。
 
 大会前は五輪出場すら危ぶまれたが、終わってみればグループリーグから6戦全勝だった。霜田委員長はまず、チームの総合力を評価した。
 
「誰がベストメンバーなのか6試合を終えても分からなかったぐらい、23人の力が拮抗した良いグループになった」
 
 ターンオーバーの成功を勝因に挙げ、手倉森監督が初戦から先発を6人→10人→8人→4人→4人と変更したことに「休ませる選手、次に準備させる選手、23人全員が当事者意識を持って戦えたことが良かった」と称賛した。
 
 指揮官の功績についても「みんなで仲良く、というまとまりではなく、みんなで戦っている、というまとまり。その気にさせ、モチベーションを高く保てたことが一番」と説明した。
 
 一方で、アジア相手でも守備から入り、耐えて勝つスタイルを押し通した点には評価が分かれた。ボール保持率は50パーセントを下回り、押し込まれる時間帯も多かった。霜田氏は「技術的な検証はしている最中。細かい数字は後日、皆さんにもお話ししたい」と前置きした上で、「まずは五輪に出場する、世界大会を(リオ世代に)経験させないと次につながらない、ということが一番の使命だった。試合内容や個人のパフォーマンスより、チームとして結果を出せるかどうか」を優先した。
 
 大会を振り返り「今まで日本ができていたこと(ポゼッション)は、そんなにできなかったかもしれない。けど、これまで日本が苦手だった部分は克服できた」と、内容では上回っても勝ち切れなかった過去との違いを強調した。
 
 U-20ワールドカップ出場を果たせなかった世代に、手倉森監督が「柔軟性と割り切り」を植えつけた結果の賜物と言えるだろう。
 
 日本代表としての経験も生きたという。14年ブラジル・ワールドカップのグループリーグ敗退を踏まえ「今回はフィジカルコンディションが良かった」。
 
 昨年12月の中東遠征、沖縄・石垣島合宿を10日間ずつ行ない「選手によって疲労度が違う。それに応じてケアを変える時間を取れたことが大きかった。バラバラだったコンディションをひとつに集め、どこにピークを持っていけばいいか。そういう過去の経験が(早川)コンディショニングコーチにあったし(西)シェフの帯同も大きかった。ピッチ外の蓄積は日本協会としてあったので、今回はそれを生かせた」と自負を示した。
 
 今後、本大会に向けてメンバーを18人に絞る作業とオーバーエージ(OA)枠の行使に関する議論が進められる。10日のナショナルコーチングスタッフ会議、12日の強化部会などで最終予選の戦い方を検証した上で「OAを使うかどうかの方向性は、ある程度は2月中に決めたい」と明言した。
 
 その前段階として選手にはこう厳命した。
「ここからはJリーグでどれだけレギュラーを取れるか。この年代で最も必要なのは所属クラブで試合に出ることだし、それが一番の強化。しっかり試合に出た選手を手倉森監督がピックアップする形になる」
 
 68年メキシコ五輪以来48年ぶりのメダル獲得へ、出場機会を確保できない選手はスタートラインにも立てない厳しい競争に入っていく。