北朝鮮が水爆実験に成功したと発表したことで、朝鮮半島がいまだ緊張状態にあり、日本もこの奇怪な国とつき合っていくほかない現実を思い知らされました。しかしなぜ、金正恩第1書記はこんな危険なゲームをつづけるのでしょうか。

 もっともわかりやすい説明は、長年の鎖国政策と独裁によって政治指導者がもはや正常な判断を下せなくなっている、というものです。日本の報道をみても、軍事パレードやマスゲームの異様な映像を背景に、「あたまのおかしい権力者」「洗脳されたかわいそうな国民」という図式がほとんどです。

 しかしこうした(暗黙の)常識とは逆に、北朝鮮がきわめて合理的に行動しているとしたらどうでしょう。

 北朝鮮がもっとも大きな利害関係を持つのは、アメリカでも韓国でもなく、中国です。たびかさなる核実験によってきびしい経済制裁の対象となっている北朝鮮は、中国に完全に依存するようになり、中朝間の金融・貿易の流れを止められればたちまち破綻してしまいます。逆にいえば、ここまで孤立してしまうと、中国との関係さえ維持できればあとはどうでもかまわないのです。

 だとしたら、中国の北朝鮮政策はどのようなものでしょうか。

 2010年末にウィキリークスでアメリカの外交公電が暴露されましたが、中国高官はアメリカの大使に、北朝鮮は「駄々っ子」で「彼らのことは好きではないが、それでも隣国だ」と述べていました。北朝鮮の暴走のたびに、後見人である中国は国際社会からその責任をとわれるのですから、「いい加減にしてくれ」というのが本音なのは間違いないでしょう。

 だったらいっそのこと、金政権を崩壊させてしまえばいいのではないでしょうか。しかしこれは、中国政府にはぜったいにできません。

 毛沢東率いる中国共産党は朝鮮戦争に参戦し、北朝鮮とともにマッカーサーの米軍と闘いました。これによって中朝関係は「血で固められた同盟」と名づけられ、中国共産党(毛沢東王朝)の正統性を証する神話の一部になりました。

 南北に分断された朝鮮半島はずっと世界の最貧国でしたが、20世紀末からの韓国の飛躍的な経済成長によって、いまでは両国の経済力にとてつもない差がついています。北朝鮮が崩壊すれば、金政権に代わる新たな権力が登場するのではなく、そのまま韓国に併合されることになるでしょう。

 しかしこれは、中国から見れば、人民解放軍の血によって獲得した同盟国をむざむざ敵(米国)の手に渡すことにほかなりません。もしそんなことになれば、保守派からのはげしい攻撃によってどんな政権も維持不可能になるでしょう。習近平も当然、このことをわかっているので、北朝鮮がなにをしても政権崩壊につながりかねない制裁をすることはできないのです。

 そうであれば、北朝鮮にとってもっとも利益が大きいのは、定期的に核実験やミサイル発射を行なって朝鮮半島の緊張を高め、国際社会からの圧力で政権が危機にあることを示し、“瀬戸際戦術”によって中国からのさらなる援助を強要することです。

 そしてこれまで北朝鮮は、この仮説のとおりに「合理的」に行動しているのです。

『週刊プレイボーイ』2016年1月25日発売号に掲載

橘 玲(たちばな あきら)

作家。2002年、金融小説『マネーロンダリング』(幻冬舎文庫)でデビュー。『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』(幻冬舎)が30万部の大ベストセラーに。著書に『日本の国家破産に備える資産防衛マニュアル』(ダイヤモンド社)など。中国人の考え方、反日、歴史問題、不動産バブルなど「中国という大問題」に切り込んだ『橘玲の中国私論』が絶賛発売中。最新刊は、『「読まなくてもいい本」の読書案内』(筑摩書房刊)●橘玲『世の中の仕組みと人生のデザインを毎週木曜日に配信中!(20日間無料体験中)