嘉義市警提供

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(嘉義 2日 中央社)「嘉義市檜町二丁目三番地はどこですか」

嘉義市警南門派出所の陳庭宏副所長らは巡回中、同市民族路と光華路の交差点で先月末中国大陸から訪台した1組の高齢夫婦にこう尋ねられた。

現在は使われていない日本統治時代の住所だったが、嘉義で長年暮らす陳副所長は、阿里山森林鉄道北門駅の近くにあり、当時の町並みを再現した観光名所「檜意森活村(ヒノキビレッジ)」近くの場所だと分かった。

聞けば、男性の父親は第2次世界大戦中の上海に駐留していた台湾出身の日本兵で、中国大陸からの訪台観光が可能になったのを機に、残された当時の住所を頼りに嘉義を訪れたのだという。

男性は今年74歳。里親に育てられ、本当の父親のことは後になって聞かされた。独自の調査によると、父親は1942年7月から上海で日本軍の車両を整備していた時に母親と出会い子宝に恵まれたものの、日本が敗戦すると男性を知人に託して音信不通になった。

だが、戦後70年以上が経過し、嘉義市内の様子は一変。陳副所長は同地に詳しい人などを紹介するなどしたが、父親の親戚や知り合いなどに会うことは叶わなかった。ただ、男性は故郷の面影を知ることができ、満足げな表情を浮かべていたという。

(江俊亮/編集:齊藤啓介)