『「読まなくていい本」の読書案内』』筑摩書房

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最新刊『「読まなくていい本」の読書案内』が話題の橘玲インタビュー後編です。前編はコチラ


もう出版社はいらない!?


──この本については、アマゾンでレビューを書いてる人のほとんどがKindle版を買ってると、ブログに書かれてましたね(「新年なので、最近考えていることなど」
橘 最近は本を出すと必ず「電子版はいつですか」って聞かれるようになってきたので、この本は紙版と同時に電子版も出したんです。既刊本も去年くらいから急に電子書籍のダウンロード数が増えてきて、この1年でだいぶ変わったなと感じます。以前は電子版がなければ紙の本を買ったひとたちが、いまでは電子書籍しか買わなくなった、というか。でもこれは書き手にとって悪い話ではなくて、アマゾンでは新刊と古書を併売してますが、古書を買ってもらっても著者には一銭も入りません。それなら価格を下げても電子版で買ってもらったほうがありがたい(笑)。それに電子版のほうが印税率も高いし。紙の本が10%だと、電子版で14〜16%とか。
電子書籍の面白いところは、再販制度(書籍は定価販売が義務付けられている)のしばりがないので、自由に値引きキャンペーンができることですね。僕の場合、キャンペーンのタイミングは出版社と電子書店にぜんぶ任せているんですが、その効果を見ると、読者のなかにはセール品しか買わないひとが結構いる。そういう読者はTwitterなどのセール情報をチェックしていて、キャンペーン商品から面白そうなものを選ぶので、キャンペーン初日にいきなりベストテンにランクインしたりする。するとこんどは、ベストセラーランキングだけを見ている読者がいて、彼らは価格に関係なく売れているものから本を選ぶので、キャンペーンが終わって元の価格に戻しても順位がなかなか下がらない。結果として、びっくりするくらい売上が伸びたりするんです。
アマゾンが古書との併売をはじめたとき、出版社や書店は反対したけど、その流れは止められなかった。いまは本がすぐに絶版になってしまうのでブックオフのような業態が出てくるのは当然だし、消費者にとって便利なようにシステムが変わっていくのは当たり前のことです。電子書籍の実験を見ると、価格を固定する再販制が著者や出版社、書店の利益になっているか疑問ですね。
──紙の本がなくなることはないですが、電子書籍に移行する流れは止まらない。
橘 出版社にとっては難しいところですよね。すべてが電子書籍になれば、著者が個人でフリーの編集者と優秀な校正者を雇って、装丁を鈴木成一さんに頼めば、本はできるってことになっちゃいますから。
──鈴木成一さん(つまり、ものすごく才能のあるブックデザイナー)は絶対に確保したいですね!
橘 それでアマゾンで直販すれば、印税率はずっと高いし、宣伝も著者本人がブログやTwitterでやればいい。念のために言っておくと、僕は出版業界に育ててもらったという恩義を感じているので、そういうことをするつもりはありませんけど(笑)。


清掃バイトから「億万長者」の作家へ


──『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方2015 知的人生設計のすすめ』は、2002年に刊行されてベストセラーになった旧版の全面改訂版なんですが、加筆されたプロローグには、橘さんの個人史が書かれていて「おおっ」と思いました。編集者をしていた1995年に、日本中を騒がす大事件と個人的な心境の変化が重なって、会社をやめて独立したと。
橘 1995年は日本にとって特別な年で、1月に阪神淡路大震災、3月にはオウム真理教の地下鉄サリン事件が起こりました。当時、僕は雑誌の編集をしていて、オウム真理教のサティアンを取材したり、南青山の教団本部で幹部にインタビューしたりしましたが、オウム信者の多くが同世代で、なかには同じ大学だったりしたこともあって、個人的にも大きな衝撃でした。ところがその年の秋にはウィンドウズ95の日本語版が発売されて、「これからインターネットの明るい未来がやってくる」と日本中が浮かれていて、その暗と明の落差があまりにも激しくて呆然となりました。そのときちょうど35歳で、サラリーマンとしての自分の人生も転機にあって、それがたまたま日本社会の転換点に重なったんです。バブルが崩壊したのは90年ですが、戦後の高度経済成長がほんとうに終わったんだとわかるまで5年くらいかかりましたから。
──橘さんは経済に詳しいので経済学部かと思ったら、文学部なんですね。
橘 露文(ロシア文学専修)です。高校生のときにドストエフスキーにハマって、「これを原文で読んだら人生が変わるにちがいない」と勘違いして露文にやってくる最後の世代ですね(笑)。
──その頃から小説家になろうと?
橘 小説家をめざす人は文芸専修ですね。露文なんて半分は最初からドロップアウトしていて、ゴーゴリとか、ドストエフスキーの『地下生活者の手記』とかを読んで、「この世界の真実は社会の底辺にある」とか思ってるから、就職する気もないし。僕も「大企業のサラリーマンなんかしょせん組織の歯車で、人生の意味なんてわからない」って傲慢なことを思っていて、大学4年の秋になってもマクドナルドで深夜の清掃のバイトをしてたんです。そんなとき、本社のスーパーバイザーがたまたま僕の履歴書を見て、「うちにこいよ」って誘ってくれたんですけど、それを言われたのが午前3時で(笑)、そのあまりの激務にビビって断ったんです。その人から「とりあえずどこかに就職しなよ」と言われて、そんなもんかと思って、スーツ買って、新聞で見つけた新橋の極小出版社で働くようになって。そこには1年くらいしかいなかったんですけど、要するにすごいバカだったんです(笑)。
──そこからの軌道修正がすごいですね。いまの橘さんといえば、作品からの勝手なイメージですが、タックスヘイヴン(租税回避地)の金融機関を駆使してグローバルにビッグマネーを動かしている投資家で「億万長者」「セレブ」みたいなイメージがあるので、アルバイト時代とのギャップに目がくらみました。どうやって投資とか経済の専門家になっていったんですか?
橘 自分で株を買ってみようと思ったのも95年ですね。これからの人生を考えたとき、お金のことを初めて真剣に考えるようになって、そのとき読んだ株式投資の入門書に「株とは経営者の才能や力量に賭けること」って書いてあったんです。その頃、ビル・ゲイツの本(『ビル・ゲイツ未来を語る』)と出会って、世の中にこんなに頭のいい人間がいるのかって驚いたんで、じゃあマイクロソフトの株を買おうと思って大手証券の支店に行ったんです。そしたら「そんな会社、聞いたことありません」って言われて。いまならネット証券で簡単に買えますけど、当時はまだ日本の証券会社は外国株を扱ってなかった。それで、なんで買えないんだろう、買う方法はあるはずだと思って、海外の銀行や証券会社に口座を開いてみるってところから始まったんです。まず自分でやってみて、失敗して、なんでダメなんだろう、じゃあどうすればいいのかって考えていくのは、マクドナルドで掃除していたときからぜんぜん変わってない気がします。
──投資の本は書くけれども、お金儲け自体には興味がないとも書かれてますね。不動産も車も一切所有してないというのがすごく意外でした。
橘 お金はもちろんあったほうがいいんですが、仕組みのほうにずっと興味があるんですね。もともと出版の出身だから、その仕組みを見つけたら、ほら、こんな面白いことあるよってみんなに教えたいし、それでみんながビックリするのが楽しいっていうのがモチベーションなので。オフショアバンクに口座をつくるノウハウ本を出したときに、やくざみたいな人に呼び出されて、「なんでこんな秘密を1600円の本に書くんだ。金持ち相手にコンサルタントすれば年収1億なんて軽いのに、おまえはバカか」って怒られたことがありましたけど、それは価値観の違いだからしょうがないですよね(笑)。世の中がどういう仕組みになっていて、なぜ人はこんな行動をするのか、そういうことに興味があるのは一貫してます。テーマが決まれば、それを小説にするのか、ノンフィクションにするのか、ノンフィクションなら新書がいいのかビジネス書がいいのか、内容に合ったパッケージを考えるというのも編集者の発想だと思います。
──以前、ある雑誌で「グローバル企業とタックスヘイヴン」という特集を企画したときに、橘さんにも原稿を書いていただいたんですが(「税をめぐる道徳と正義について」)、そもそもは橘さんが「沖縄をタックスヘイヴンに」という提案をしていて、なんてラディカルなことを言う人なんだろうと感動していました。その後、『タックスヘイヴン』という小説を出版されて、グローバルに流動する金融のダークサイドを描いたミステリー小説で、すごく面白くて。
橘 金融業界が舞台でも、サラリーマンの世界は「半沢直樹」シリーズの池井戸潤さんなど先駆者がいるので、意識的に主人公はフリーランサーにしています。そのほうが自分にはしっくりくるので。
──これからも普通の人が覗けない魑魅魍魎の世界やハードボイルドな世界を描いてください!
(平林享子)


橘玲(たちばな・あきら) 

作家。1959年生まれ。2002年、国際金融小説『マネーロンダリング』でデビュー。著書は『永遠の旅行者』『貧乏はお金持ち 「雇われない生き方」で格差社会を逆転する』『黄金の扉を開ける賢者の海外投資術』『(日本人)』『日本人というリスク』『橘玲の中国私論 世界投資見聞録』など多数。

橘玲 公式サイト