1日、日本進出したスター8人を見てみよう。

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2016年2月1日、日本進出したスター8人を見てみよう。

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▼リウ・イーフェイ(劉亦菲)
プロデューサーのチャン・ジージョン(張紀中)が06年に制作した時代劇ドラマ「神[周鳥]侠侶」でヒロインの小龍女役を演じ、人気を博した。この年、日本のソニー・ミュージックレコーズと契約を結び、ファーストアルバム「リウ・イーフェイ」を中国本土、香港、日本でリリース。1年間日本で歌やダンスを学んだほか、日本での人気を得るため、「神[周鳥]侠侶」も日本で放映されたが、結果は振るわず、最終的に中国に帰国した。

▼チェン・ハオ(陳好)
ドラマ「粉紅女郎」で「万人迷」という名前の女性を演じて、一躍有名となった。主演映画「山の郵便配達(原題: 那山、那人、那狗)」が日本で高い興行収入を記録したほか、同じく日本でも上映された主演映画「求求[イ尓]表揚我(映画祭邦題:どうぞ私に栄誉を!)」も高い評価を得ており、東京国際映画祭の最優秀女優賞にノミネートされた。07年には日本で初の日本語アルバムをリリースし、日本でサイン会を開いた初めての中国人アーティストとなった。しかし最終的には日本進出に失敗し、中国に帰国している。

▼金城武
金城武は日本国籍だが台湾で生まれたため、誤解されることが多いようだ。金城武は日中のハーフで、台湾生まれであることから、かつてジミー・リン(林志穎)、ニッキー・ウー(呉奇隆)、アレック・スー(蘇有朋)と「台湾四小天王」と呼ばれていた。その後、香港で活躍して人気が出て、日本にも進出。現在では日本に定住しており、金城武は日本へ進出し成功したスターと言えるだろう。

▼フー・ビン(胡兵)
イケメン俳優のフー・ビンもかつてレネ・リウ(劉若英)らと出演したドラマ「粉紅女郎」で人気が出たものの、一時期人気が低迷した時期があり、日本進出を試みた。日本では「華流天王」と呼ばれ、その優れた容貌は多くの日本人の関心を集め、09年には日本人女優の鈴木杏とドラマ「遥かなる絆」で共演。11年に中国に帰国することを正式に発表した。

▼ビビアン・スー(徐若[王宣])
ビビアン・スーは台湾で早くからモデルとして活躍していたが、95年に日本に進出。南原清隆と天野ひろゆきとブラックビスケッツを結成し、バラエティー番組の中で、ポケットビスケッツと度重なる対決を繰り広げた。99年にはシングルアルバム「Bye−Bye」が番組で指定された枚数の売り上げを達成できなかったため、解散に追い込まれる。00年に台湾に戻り、日本風のスタイルと才女の一面を発揮し、セカンドアルバム「假扮的天使」をリリースし、台湾の芸能界に復帰している。

▼大小S(バービィー・スーとシュー・シーディー姉妹)
バービィー・スー(徐煕媛、通称「大S」)と シュー・シーディー(徐熙[女弟]、通称「小S」)は学生時代にデビューを果たしている。デビュー当時は日本の美少女アイドルデュオのコンセプトで、その後台湾で人気が出た。姉妹もかつては日本に進出したことがあり、グラビア写真集を出版したこともある。

▼アラン・ダワジュオマ(阿蘭・達瓦卓瑪)
日本進出が比較的成功している中国の女性スターとして、最も有名なのはalanことアラン・ダワジュオマではないだろうか。アランは中国四川省ロンタク県(通称・美人谷)に生まれ、成都で育ったチベット族の女性歌手。06年にエイベックス・マネジメントと契約し、日本での芸能活動を始めた。エイベックスの九大歌姫の一人で、「最も美しい歌姫」と称される。09年に9枚目のシングル「久遠の河」が日本のオリコン売り上げランキングでトップを飾り、中国人歌手のオリコン売り上げでトップの記録を打ち立てた。11年に中国に帰国し、レコード会社の楽華娯楽と契約している。

▼ジャ・ジャ(紀敏佳)
他の「超女(中国のオーディション番組『超級女声』で選ばれた歌手)」と異なり、ジャ・ジャは05年に海外で活躍するため、日本のレコード会社と契約した。日本に進出したジャ・ジャはあっという間に2枚のアルバムをリリースし、日本のファンに受け入れられた。日本で活躍中の間、有名漫画家である松本零士氏の作品の主題歌も歌っている。日本での活動の見通しは明るかったが帰国し、09年には空軍空政文工団に入団して、軍人となっている。(提供/人民網日本語版・翻訳/TG・編集/武藤)