唖然「新・牡丹と薔薇」最終回、そして昼ドラ最終作「嵐の涙」はどうなるんだ

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東海テレビの昼ドラ(毎週 月〜金 ひる1時25分〜)が、2月1日からはじまる「嵐の涙〜私たちに明日はある〜」を最後に終了する。公式ホームページ
にある「昼ドラが誕生し51年半。胸躍るお昼のひとときはこれが最後です。」という一文に、早くも涙。

1964年から続いたご長寿枠・昼ドラよ、さようなら。その感謝祭のごとく、最後から2番目の作品として放送され、先週最終回を迎えたのは、昼ドラの巨匠・中島丈博の脚本による「新・牡丹と薔薇」だった。


これは、かつて一世を風靡した「牡丹と薔薇」のセルフオマージュのような作品で、美人姉妹が、数奇な運命に翻弄されていく姿を描いたもの。たったふたつの家族──小日向家と吉田家の人々が、幾人かの関わった人たちを巻き込んで、殺人、略奪愛などを何度も繰り返すという、檻に閉じ込められた生物が食い合いになってしまうような悲劇が2ヶ月間ぐるぐると繰り広げられた。

わけわからなさ濃い目だった


若気の至りによる私生児として、嵐の晩に生まれ、実母の顔を知らないまま養子に出された富貴子(黛英里佳)。不思議な因縁に導かれ、実母と、父違いの妹・美輪子(逢沢りな)と出会うが、美輪子の姉ぼたんが、血がつながってないにもかかわらず、顔がそっくりで、そのうえ、富貴子の弟(育ての親の子供)が、ぼたんを殺してしまうというダブルの鎖にかんじがらめになって、不幸街道まっしぐら。
最後は、もうひとりの弟が起こした殺人現場を目の当たりにして、精神を病んだ挙げ句、人格が、亡くなったぼたん化してしまう。

最愛の姉ぼたんを失った美輪子の愛と悲しみと執着が生んだ奇跡に、唖然となる最終回だった。
山荘で姉妹が一心同体のように寄り添って暮らしているのは、元祖「牡丹と薔薇」と似ていたが、「春琴抄」みたいだった元祖と比べると、壮絶さ薄め、わけわからなさ濃い目だった。

やりきれないのは、清く貧しく美しく生きてきた富貴子の義理の両親が、子供を3人とも失い、「なんにもいいことない ひどいことばっかりで なにもかもおわりだ」状態に陥ること。

富貴子の育ての父が、孫である富貴子の生んだ子供・瑠璃を抱きしめ、なんとか生きてかなくちゃと、チェーホフみたいなことを言うが、瑠璃役・古川凛が、ぼたんの子供時代も演じていて、成長したら、また黛英里佳の顔になるのではと想像すると、地獄は終わらないという感じ。お祓いしないといけません、と祈祷師が出てきちゃうんじゃないかとこわくなった。笑える愛憎の泥試合が人気だった昼ドラの最後から2番目が、シャレにならないサイコホラーだったショックは、一生のトラウマになりそうだ。これは、中島先生が、なんとしてでも昼ドラの歴史に、消えない爪痕をざっくり残そうとした作家の業なのか。

アクの強い俳優たちが参加


気を取り直して、最後の作品「嵐の涙」は、どういう作品なのだろうか。
ずばり、真実の親子愛の物語だそう。愛する夫と子供を亡くした主人公が、実の子と偽った子供と生活していたところ、記憶を亡くした夫と、子供が生きていて・・・という、安定のドキドキ設定。
主人公は佐藤江梨子。これが出産後復帰作となる。記憶喪失の夫は宅間孝行。ほかに、遠藤久美子、いしのようこ、宮地真緒など、情念を演じられそうな女優、竜雷太や柄本明などのアクの強い俳優たちが参加する。

気になるのは、第1話放送の前日現在、公式サイトに、脚本家をはじめとしてスタッフがだれひとり書かれていないこと。
ウィキペディアには「脚本 最後の昼ドラプロジェクト」になっているが、なにそれ。アラン・スミシー的なやつ? 
代わりなのかなんなのか、予告編
で、音楽スタッフ編、照明スタッフ編、美術スタッフ編などが続々放送されている。
(木俣冬)