韓国を相手に2点差をひっくり返す逆転劇を演じた日本。しかし、67分の1点目までは韓国に完全に主導権を握られていたことも事実だ。写真:佐藤 明(サッカーダイジェスト写真部)

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 浅野の2ゴール目が決まった瞬間、スタジアムが歓声に包まれる。まさに夢でも見ているかのような大逆転劇で日本がU-23アジア選手権優勝を果たした。リオ五輪アジア最終予選を兼ねたこの大会で、日本は6戦全勝と快進撃を見せ、五輪の出場権も無事に確保。下馬評が高くなかった背景を考えても、その“結果”は高く評価されて然るべきだろう。
 
 しかし、決勝戦は大味な展開で、諸手を上げて喜べる要素は少なかったように映る。正直、韓国の自滅に助けられた部分が大きく、後半の早い時間に3点目を奪われていれば、勝負はその時点で決していただろう。
 
 それほどまでに、67分に1点を返すまでの日本は、韓国に大きな実力の差を見せつけられていた。
 
 序盤から日本は韓国のインサイドハーフ、7番のムン・チャンジン、8番のイ・チャンミン、両ウイングの10番のリュ・スンウ、22番のクォン・チャンフン、そして1トップの18番チン・ソンウが織りなす攻撃を止めることができなかった。
 
 開始5分にはいきなりゴール正面でチン・ソンウに前を向かれると、強烈な一発を許し、櫛引が弾いたところをリュ・スンウに決められる。これはオフサイドによって助けられたが、その後も日本のダブルボランチの遠藤と大島は相手のインサイドハーフふたりを捕まえ切れず、最終ラインもリュ・スンウ、クォン・チャンフンに何度も裏を突かれた。
 
 そして20分、左サイドから簡単にクロスを入れられると、チン・ソンウに頭で落とされ、クォン・チャンフンにボレーで打たれる。シュートは岩波の足に当たって軌道が変わり先制点をあっさりと奪われた。
 
結局、前半の日本はシュートらしいシュートを打てず。この苦境に手倉森監督は後半頭から手を打ってくる。2トップの一角のオナイウを下げ、中盤の原川を入れ、4-3-3へシステムを変えたのだ。
 
 しかし、このシステムチェンジは完全に裏目に出た。
 
「(後半開始直後に)2点目を取られたのは俺が悪かった。本当は後半開始5分くらい様子を見て、攻勢になった時点で1回3トップにしようかなと思っていたが、キックオフから変えたぶん、重心が後ろに下がってしまった」
 
 指揮官が認めたように韓国の圧力を前半と同じようにいなせない日本は47分、2点目を決められる。
 
 今度は左サイドを崩されると、チン・ソンウに反転から決められ、2失点目。ここまで堅守をベースに戦ってきた日本が2点のビハインド。60分には浅野を投入して再び4-4-2へ戻し、反撃を試みるも、62分にはまたも右サイドを突破され、ゴール前のムン・チャンジンにヘッドで合わせられる。まさに万事休す――、しかしながらシュートはバーの上になんとか外れた。
 
 そしてこのワンプレーが決まらなかったことで、日本の大逆転への物語が始まることになる。
 
 そもそも、日本は韓国が後半に足が止まることを見越して終盤勝負というプランを立てていたという。指揮官は明かす。
 
「1点取れば2点目はもうすぐ来るだろうなと。だから0-1で折り返した時にはもうぽんぽんと2点取るつもりでいました。ちょっとワンクッション置いてしまったが、交代の順番は最初から決めていました」
 
 またキャプテンの遠藤も述懐する。
 
「韓国はここまで先制するゲームが多かったが、後半の失点も多かった。足が止まることは予想していました。今までが上手くいきすぎていたので、こういう展開も予測していて、どうすれば良いのかずっと考えながらやっていたので、自分のなかでは焦れずにできました」
 
 2点を奪われてもチームに焦りはなかったという。それよりも「2点を取られたからこそ前に行く気迫が出た」(手倉森監督)と67分に浅野が反撃の狼煙を上げると、1分後には矢島が同点弾。そして81分にはついに浅野が逆転弾を沈め、アジアのライバル国を仕留めた。