今夜第3話が放映されるTVドラマ「臨床犯罪学者 火村英生の推理」、先週の第2話「異形の客」の原作は『暗い宿』所収の同題短篇だった。作者は、現代を代表するミステリー作家の1人・有栖川有栖である。


『暗い宿』は「ホテル・旅館」を舞台とする作品を集めた短篇集で、単行本は2001年に刊行された。この作品集と姉妹関係にあるのが2014年に刊行された『怪しい店』である。有栖川の中には『暗い宿』刊行直後から「店」をモチーフとする連作の構想があったが、10年以上の歳月を経て結実することになった。2015年には、大阪・中之島のホテルを舞台とした長篇『鍵の掛かった男』も上梓している。
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第2話で光ったのは手がかりの呈示の仕方だった


冒頭に火村英生の大家・時絵さんから暗号解読を依頼される場面があるが、これは「異形の客」原作にはない。その他は叙述の順序入れ替えはあるものの、ほぼ原作に沿った形でドラマ化が行われていた。
物語の中核をなす事件は、猛田温泉(原作の作者あとがきによれば、モデルは兵庫県・武田尾温泉)の旅館・中濃屋で起きる。ミステリー作家の有栖川有栖(以下、アリス)は、自主的に館詰めになって原稿を書くためにそこにやって来ていた。チェックイン時、アリスの前を奇怪な人物が横切っていった。顔全体に包帯を巻きつけてサングラスをかけ、目深に帽子までかぶっている不審極まりない姿だ。折しも街ではテロ組織・シャングリラ十字軍の指名手配犯が逃亡中であることが話題になっており、この異形の客もその一味ではないのか、と旅館の従業員たちは恐れる。
やがて事件が起きる。包帯男が宿から姿を消し、代わりに彼が泊まっていた部屋に若い男の絞殺死体が出現したのだ。状況から旅館の従業員と宿泊客全員に嫌疑がかかる。むろん、アリスもその1人である。

今回のドラマ化で感心したのは、視聴者に対する情報開示が可能な限り前倒しされていたことだ。原作ファンにはおわかりだと思うが、小説では後半で出てくる描写やエピソードが、序盤へと移されていた。放送時間の中に小説の内容を収めるためには部分的な要約を行わなければいけない。情報を前倒しし、さらに小説とは別の筋道で視聴者にヒントを与えることによって、わかりやすく尺が縮められていた。謎を伴う作品で出し惜しみせずに手がかりを提供するのは、実はとても勇気のいることなのである。制作者のセンスを感じる。細かいことを言えば謎解きの場面で若干唐突な印象で与えられる情報があるが、これはやむを得ないだろう。ドラマではカットされた場面が原作の中盤にあるので、読むとさらに理解が深まるはずである。

シャングリラ十字軍とは


第1話でも言及されたテロ組織・シャングリラ十字軍が「異形の客」を構成する大事なピースとして使われていた。原作によればこの組織は「チベット仏教の教義をつまみ食いした新興宗教カテラルの光を母体」とし「ジェイムズ・ヒルトンの『失われた地平線』などで描かれた理想郷シャングリラを現在の日本に建設することを夢想し、そのためには社会に蔓延した邪悪な風潮を一掃しなくてはならない」と考えた一部の信徒が暴走して結成したものである。教団の起源などからオウム真理教を思い浮かべる人は多いはずだ。「異形の客」の雑誌掲載は2000年、1995年の無差別テロ事件からはそれほど時が経っておらず、実行犯と目される信者も依然逃亡中だった。

本編の後、シャングリラ十字軍はもう一度作中に登場している。2001年に発表された短篇「地下室の処刑」(『白い兎が逃げる』所収)がそれだ。同作では森下刑事(ドラマ版の坂下刑事とほぼ同一キャラクター)が指名手配中のシャングリラ十字軍幹部に捕まり、地下室に監禁される。彼の目前で1人の人物が毒殺されてしまうのである。同書の作者あとがきに有栖川は、「彼ら(シャングリラ十字軍)と火村助教授は今のところすれ違っているが、いつか直接対決をする日がくる予感がしている」と書いている。シリーズを構成する要素としてテロ組織が採用されたのは、制作者がこの記述に注目したためではないか。今後はドラマ独自の展開が見られるかもしれず、注意が必要だ。
ちなみにジェイムズ・ヒルトン『失われた地平線』には複数の翻訳がある。ページ数はそれほど多くなく、訳も良くて読みやすいので、河出文庫版がお薦めだ。英国人4名が載ったセスナ機がハイジャックされ、ヒマラヤ山脈のどこかに不時着することから始まる話である。彼らはラマ教の僧侶と見られる人物によって山中の寺院へと案内される。そこは高度な知性によって管理されていることが伺える、この世の桃源郷だった。帰還の目処が立たないまま日々を送るうちに、寺院の秘密は明らかになっていく。秘境冒険小説としてたいへんおもしろい。機会があればぜひこちらも読んでいただきたい。

横溝正史みたい


温泉場に投宿したアリスに「俺も泊まりに行っていいか」と聞くなど、またもやお茶目なところを見せた火村だった。硬軟両方の顔があるのがドラマ版の魅力で、殺人現場を目にしたときや、犯人を告発するときの表情とは大きな落差がある。このバランスは、回を追うにつれて変化していくのだろうか。
本筋とは関係ない今回の遊びは、舞台が日本旅館だったためか「横溝正史っぽさ」についての言及があったことである。火村のもじゃもじゃの髪形を、横溝正史の生み出したキャラクター・金田一耕助になぞらえるような場面もあった。横溝正史作品で「顔を隠した仮面の男」というと『犬神家の一族』の助清が有名だが、長篇で『幽霊男』という作品もある。こちらは顔を包帯で隠した男というそのものずばりの怪人物が出てくる内容で、撮影のために雇われた女性モデルが次々に猟奇殺人の犠牲になる。横溝の中でもスリラー色が強く、派手な作品である。

さて、今夜放送される第3回の原作は『モロッコ水晶の謎』所収の「助教授の身代金」だ。小説ならではのひねった展開のある短篇なのだが、ドラマではその場面がどう処理されているのだろうか。今回も期待できぞうだ。
(杉江松恋)