それでいいのか、雁助!「あさが来た」101話

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朝ドラ「あさが来た」(NHK 月〜土 朝8時〜)1月29日(金)放送。第17週「最後のご奉公」第101話より。原案:古川智映子 脚本:大森美香 演出:西谷真一


101話はこんな話


銀行の神様・渋沢栄一との面談もクリアし、明治21年、いよいよ加野銀行が開業する。
辞めることになった雁助(山内圭哉)の行く先を知ったうめ(友近)は・・・。

新次郎がびっくりぽん


銀行について、渋沢栄一(三宅裕司)との対話に関して、クイズ形式にして、汽車の音や時計の秒針の音などを入れ、視聴者を「え〜経済の話は難しくってわかんな〜い」と退屈させないための涙ぐましい努力!

そうまでして、視聴者をテレビにつなぎとめたい理由は、ほかにある。
まずは、渋沢の問いに、あさが過去、正吉(近藤正臣)や雁助(山内圭哉)から教わったことで危機を回避するところ。
お金より大事なものは何かと問われ、あさが「信用」と答えると、渋沢は「お金は不思議なもので扱う人の器の大きさに従って動く。」と続ける。
さらに渋沢は、お金の存在意義は「人間をつくる事。(つまり教育。)」と語る。
日本のこれからには教育が必要という流れで、期せずしてあさは、正吉や雁助から、いい教育を受けてきていたわけだ。
また、新次郎もあさと銀行の神様とのやりとりで教育されたようなもの。
充分大人ではある彼が、「びっくりぽん!」と価値観の転換を起こすのだ。

まさかの雁助の選択


「お金や商いが人間味のあるものに思えてきた」新次郎の心境の変化も、渋沢栄一という人物もとても興味深いが、101回は、やっぱりうめと雁助。
この展開こそ、びっくりぽんや。
クイズ形式で視聴者の意識をつかみ、一気に、うめと雁助の話にもっていく。

思わせぶりに、加野屋から一緒に出よう、と誘っていた雁助が、20年ぶりに連絡してきた元嫁のいる伊予(愛媛)に行くことを決意。娘が重い病にかかってしまったことが最大の理由となれば、もう誰も何も言えない。

よく身内の事情で実家に帰ると言って、会社をいったん辞め、でもすぐまた東京に戻ってきて他の仕事につく人がいるので、雁助も円満退社のための方便? と疑ってしまったが、嫁らしい人物からの手紙が来ていて動揺している描写があったので、嘘ではないだろう。
とはいえ、これはどうなんだ。
「こないなときに便りが来たのは何かの縁や。」と言うのは、加野屋を辞めるいい理由が欲しかったことと、あさと雁助の板挟みでうめを悩ませないためか。
善かれと思ってやることが、善くないこともある。この雁助の行動は、男の身勝手に思えてしまう。

それによって、どうするか、うめが選択するものとばかり思っていたら、そうでなかったという意外な展開に。

「番頭さんが 冗談でも いっぺんでも うちに
一緒に行けへんかて 言うてくれはった・・・。
その思い出があったら うちは もう一生 一人で生きていけます。」

なぜ、そんなに耐え忍ぶ、うめ!!
当時の女はまだまだ人生の選択ができなかったということなのか。
なんとなく口当たりがいいエピソードが多かった「あさが来た」に、口の中でなかなか消えない苦いエピソードを入れた大森美香に、口の中をいがいさせながら、拍手したい。

この悲しみが、あさとの相撲の場面に強烈に効いてくる。

あさの猛攻にうめがふんばるところは、悲しみに対する忍耐だ。やがて、うめは、力いっぱい、あさ(悲しみ)を空中へ放り投げる(足技だったけど)。
この華麗な足さばきを、以前、うめが皿をとった時のように、またまたハイスピードカメラ撮影で爽快感を煽る。
もはや、渋沢栄一のシーンのことはすっかり忘れてしまっていた。

「最後のご奉公」とは、雁助が昔「信用」話をしたことが、あさと渋沢の面談に生きたことなのかと思ったら、あさの元にうめを残したことだったのだろうか。
(木俣冬)

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