オードリー若林の悶々エッセイが人気。“ネガティブなまま大人になる”ということ
 テレビを観ていて、「この人が出ていると、なぜか安心する」と感じるタレントがいます。特別目立つわけでもありませんし、キャッチーなギャグをかますわけもない。けれども、チャンネルをこのままにしておいても大丈夫かなと思わせてくれる存在。そんな見えない重石のような役割こそ、芸能界では重宝されるのかもしれません。

◆不安、自意識過剰、怒り…

 累計10万部突破のヒット『社会人大学人見知り学部 卒業見込』の著者、オードリーの若林正恭も、画面で確認すると、どこかほっとするタレントの一人。確かにぶさカワ犬・わさおに似た癒し系ですが、番組内での若林の落ち着きには、それ以上の裏付けを感じる人も多いのでは?

※『社会人大学人見知り学部 卒業見込』…『ダ・ヴィンチ』での連載エッセイをまとめた単行本(2013年、メディアファクトリー)に大幅加筆して、2015年12月25日に角川文庫から刊行。単行本を合わせて10万部突破とか。

 しかしそこに至るまでの道のりは、決して平坦なものではなかったといいます。漫才師としてなかなか売れない不安と焦りが、社会を必要以上に大きく恐ろしいものに見せてしまう。おびえから、スタバで「グランデ」と注文することすらままならず、芸人の先輩・後輩の付き合いに疲れ果ててしまう。

 そんな若手時代を経て、どうにか世間と折り合いを付けられるようになった今の若林正恭が、エッセイという形で生々しく残っているのが本書の面白いところ。一回ごとに異なった話題を扱っているのですが、全体を通すと、見事に一人の男性の歴史としてつながっている。

 たとえば、M−1グランプリでの準優勝から露出が増え始めたころ、写真撮影の仕事について、こう書かれています。

<発泡スチロールでできた星を齧りながら笑ってと言われ戸惑っていると「ほら! 自分をアイドルだと思って!」と言われスタジオにはゲラゲラと笑い声が響き、ぼくは怒りとも辟易ともつかない感情を腹の底に押し込め、偽物のスターを齧るのであった。>

 これに限らず、豪邸訪問で高価な壺に驚いてみたり、食レポでことさらに「美味しい〜!」と言ったりするテレビ的なお約束への違和感を隠さなかったという若林。

◆悶々としながらも社会と折り合いをつける

 しかし、そうした物の見方を一変させる出来事が、のちに起こります。とある番組の企画が難航していたときのこと。様々な角度から解決しようとする高学歴のスタッフに、こう問いかけたといいます。

<「学生の頃、なぜ勉強しなければいけないか悩みませんでしたか?」

「え? そういうもんだと思ってたから、悩んだことはないなー」

 愕然とした。何か自分に足らないものを見せつけられたような気がした。>

 ここで、社会が彼を阻んでいたのではなく、彼こそが社会を拒んでいたのだと気付く。本書のターニングポイントと言える箇所です。

<写真を撮られる時は笑顔の方がいい。学園祭は参加しといた方がよかった。ブランド物は確かによく出来ていて長持ちする。ポジティブはネガティブよりこの世界を生きて行くことに向いている。人見知りだなんていって家に閉じこもってないで、いろんな人と会った方がいい。>

 こうして、ある一つの答えにたどり着く。

<人と人生は複雑だが、世界の成り立ちは素直なのかな?>

 誰にでも分かるやさしい言葉ですが、ドキっとさせられます。

 けれども、大事なことは、ここにたどり着いた若林が決してポジティブシンキングに変わったわけではないということなのですね。むしろ、小さなことに悶々とする自分をきちんと残しながら、他人へのマナーのために、社会がスムーズに動くために、“笑顔で写真を撮られる”自分も使えるようにしておく。

 リクエストに応えて、平気で笑えるようになっても、若林の中では、<ぼくは今の社会を真っ正面から納得できる人なんてイカれてると思いますよ。>という感性は死んでいない。テレビで若林正恭を観た時の安心感は、そこにあるのだと納得しました。

◆談志の名言を思い出した

 さて、本書を読み終えて、ある有名な言葉が浮かびました。

<よく覚えとけ。現実は正解なんだ。時代が悪いの、世の中がおかしいと云ったところで仕方ない。現実は事実だ。

 そして現状を理解、分析してみろ。そこにはきっと、何故そうなったかという原因があるんだ。現状を認識して把握したら処理すりゃいいんだ。

 その行動を起こせない奴を俺の基準で馬鹿と云う>(※)

 立川談志。若林が、星を齧って笑えと言われた夜に、ヤケになって引き出しの奥へとしまったブロマイド。そこに写っていた人の言葉です。

 憧れのスターが言っていたことは、やはり正しかった。著者は、身をもって証明してみせたように思います。

※『赤めだか』(立川談春著、扶桑社)より。弟子の談春に対して、談志が言った言葉。
<TEXT/比嘉静六>