第57回:琴奨菊

先の初場所(1月場所)は、大関・琴奨菊が初優勝。
日本出身力士10年ぶりの賜杯とあって、
盛況な相撲界の活気がさらに高まった印象だ。
今回は、その話題の琴奨菊について横綱が語る――。

 2016年の幕開けとなる初場所(1月場所)は、おかげさまで大盛況のうちに終えることができました。今年も、力士みんなが全力を尽くして、多くの方々に喜んでもらえるような相撲をお見せできればと思っていますので、何卒よろしくお願いいたします。

 さて、初場所は年が明けてすぐに初日を迎えます。そのため、大相撲の力士たちがお正月気分に浸ることはほとんどありません。年末年始であっても、お休みは2日か3日。部屋ごとに簡単な新年会をして、師匠にお年玉をいただいたら、初場所に向けて稽古に励む日々となります。

 私は、このところ年末年始の恒例となっている南の島への旅行に、今年も少しだけ時間を作って行ってきました。今年は、家族を連れて石垣島へ。さすがに海に入ることはありませんでしたが、家族と一緒にのんびりと過ごすことができました。それはもう、最高に贅沢な時間でしたね。

 その後は、初場所に向けて稽古を重ねてきました。相撲の感覚をしっかりと取り戻そうと、場所が始まるぎりぎりまで所属の宮城野部屋の土俵に上がって、精力的に汗を流してきました。

 気持ちの面では、いつもどおり、平常心で臨むこと。とにかくそれだけを心掛けて、まずは勝ち越すことを目標に定めました。

 そして迎えた初場所。私は快調に白星を重ね、中日には目標の勝ち越しを決めて、そのまま初日から無傷の10連勝を飾ることができました。

 10連勝がかかった1月19日は、尊敬する大鵬さんの3度目の命日でした。その日は大鵬さんの墓前に手を合わせてから、両国国技館に向かいました。私にとって大鵬さんという存在は、今でも精神的な支えとなっています。

 また、昨年11月に亡くなられた北の湖元理事長も、私には大きな存在でした。30歳になった今、私自身が大鵬さんや元理事長のような存在になっていかなければいけないのだと、日々心に言い聞かせています。

 話を戻しましょう。11日目は、同じく全勝の琴奨菊との対戦となりました。

 この初場所においては、2006年初場所から10年間も日本出身力士が優勝していないことが、場所前から話題となっていました。国技館の天井付近に飾られている優勝掲額からは、10年前に優勝した栃東関(現玉ノ井親方)の額もすでに外されていて、そんなところからも、相当な月日が経っていることがわかるのではないでしょうか。

 それだけに、日本出身力士の優勝への期待は大きく、初日から白星を重ねてきた琴奨菊への注目は日に日に高まっていきました。

 実際、琴奨菊の調子はすこぶるよかったと思います。10日目に横綱・鶴竜を寄り切りで破った一番は、ここ数年の中でも最もいい相撲だったのではないでしょうか。

 私と対戦したときも、そこでさらに波に乗った状態でした。立ち合いからがぶり寄りで攻められたとき、私は「残せるんじゃないかな」と思っていたんですが、気がついたら一気に土俵際まで押し込まれて、そのまま押し出されてしまいましたからね。

 これまでの琴奨菊は、前半戦でバーッと勝利を重ねても、後半戦に入ってからはなかなか白星が伸びませんでした。真面目な性格が災いしてか、黒星を喫すると、変に考え込んだり、内にこもったりしてしまうことが見受けられ、終わってみれば、勝利数がふた桁にも及ばないことがよくありました。

 しかし、今場所の琴奨菊は違っていました。自信を持って、自分の相撲を取っていました。メンタル面の強化に加えて、体の使い方のトレーニングもしっかりできていると聞きましたから、この場所にかける気持ちは相当強かったんだと思います。

 13日目、小学生のときからライバルだという豊ノ島にこそ敗れましたが、1敗で迎えた千秋楽では、満員の観衆が見守る中、勝てば優勝という大関・豪栄道戦でも堂々の相撲を披露。突き落としで豪栄道を退けると、その瞬間、会場のボルテージは最高潮に達しました。

 日本出身力士10年ぶりの優勝を飾るとともに、31歳にして自身初の栄冠をつかんだ琴奨菊。その実力を考えれば、遅すぎる優勝ではありますが、今場所の戦いぶりからは年齢的な衰えは感じられませんでした。よき伴侶を得たようですし、これから一層気合いが入って、さらなる活躍が見込まれます。

 初優勝、本当におめでとうございます。

 一方、私は13日目の鶴竜戦を勝って、横綱としての通算勝利数が670勝となって、大横綱である北の湖元理事長の記録に並ぶことができました。この10年ほどの間、なんとか無事に土俵を務めてきた"証"のような記録だと思っています。

 それにしても、今場所は休場する力士が多かったですね。大砂嵐が初日から休場し、期待の大関・照ノ富士をはじめ、人気力士の遠藤や常幸龍も途中休場となりました。また、インフルエンザが角界でも蔓延して、ベテランの安美錦関、若手の千代鳳、御嶽海らが途中休場。彼らは数日間の休みを経て再出場を果たしましたが、1場所15日間を戦い切ることがいかに大変なことか、改めて痛感させられる場所となりました。

 休場と言えば、元関脇で、この初場所では東十両9枚目の番付まで下げていた時天空関が、悪性リンパ腫の診断を受けて入院した、という知らせにはショックを隠し切れませんでした。

 大学に行って、22歳で角界入りした時天空関。私のほうが入門は1年ほど早かったのですが、当時16、17歳でひ弱だった私と違って、時天空関は異例の速さで幕内まで駆け上がっていきました。私は、その姿を羨望の眼差しで見ていました。

 そんな時天空関が入院。相撲を取れないつらさは、計り知れないものがあります。とにかく一日でも早く病を治して、私たちの前に元気な姿を見せてくれることを祈るばかりです。

武田葉月●文 text by Takeda Hazuki