「わたしを離さないで」原作との違いがはっきり出る三角関係、森の殺人事件

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第1話の結末で衝撃的な種明かしをしたドラマ『わたしを離さないで』は、視聴者にどう受け止められたのだろうか。カズオ・イシグロの原作小説では、ページ数の1/3が経過したあたりで読者につきつけられる事実なのだが、ドラマ制作者は物語の最初の山場である種明かしを第1話にもってこようと判断したようだ。


原作は穏やかな学園小説として始まる


第2話では種明かし以前のページに戻ってエピソードが拾われることになった。ただしそれに収まらず、ドラマ独自の要素も付け加えられることになったのである。原作で作者は、まずヘールシャム(ドラマにおける陽光学苑)の日々を穏やかに描いていくことに専念している。主人公キャシー・H(ドラマにおける恭子)とルース(ドラマにおける美和)の関係が描かれるのもこの部分だ。ドラマには出て来ないが第四章の終わり、ルースがキャシー・Hに話しかけ、乗馬ごっこに誘う場面が印象的である。キャシー・Hに対してルースは自分の馬に乗せてやると言う。

──わたしはルースが差し出した透明の手綱を受け取り、二人して金網沿いに行ったり来たりしはじめました。ときにキャンターで、ときにはギャロップで。わたしは、馬がいないと言っておいてよかった、と思いました。というのは、しばらくブランブルに乗ったあと、ルースはほかの馬にも次々に乗せてくれたからです。一頭ずつ、乗っているわたしに大声で指示も出してくれました。その馬には、こういう癖があるから、こう乗らないとだめ、と。(土屋政雄訳)

乗馬ごっこを楽しんだ後、ルースはキャシー・Hを「ジェラルディン先生の秘密親衛隊員」に加えるのである。ジェラルディン先生はドラマでは甲本雅裕が演じる山本先生だ。こうした形で、キャシー・Hはルースの影響力の下に入っていくことになる。子供同士の綱引きのような力関係、意味のないタブーやルールに縛られた独自の世界観、そういったものが穏やかな物語として綴られた後に「種明かし」があったから、原作の読者は衝撃を受けたのだ。そして、この幼年時代についての回想が、小説全体を通して伴奏のように主人公たちの行動につきまとい、作品の色彩を淡く柔らかなものにすることに寄与している。

森の殺人事件の恐怖


原作に比べるとドラマ版はより怜悧で、暗いブルーのような色彩に覆われている感じだ。恭子(キャシー・H)と美和(ルース)の関係も第2話から本格的に動き始めたが、友彦(原作におけるトミー)をめぐる三角関係の恋愛模様を描く方向にドラマは舵を切るようだ。原作との違いがはっきり出るのはその部分だろう。
第2話にはもう一つ、ドラマオリジナルのエピソードが出てきた。森で起きる殺人事件である。陽光学苑の周囲には森があり、その中には恐ろしい鬼がいるとして生徒たちを恐怖させている。この設定は、原作第五章に出てくる森で死んでしまった生徒の幽霊のエピソードを膨らませたものだろう。そこまで大きくない話を膨らませたのは、制作側のお手柄だ。この鬼の設定、カズオ・イシグロが10年ぶりに放った新作長篇『忘れられた巨人』のそれが影響を与えているような気がするのだが、いかがだろうか。中世イギリスを舞台に、危険に満ちた荒野を旅していく老夫婦の姿を描いたファンタジー色の強い物語である。

──(前略)いくら大声で追い払おうが、得物で立ち向かおうが、鬼は暴れまわり、逃げ遅れた者を傷つけ、ときには子供を霧の中へ連れ去る。理不尽きわまりないが、この世では理不尽なことも起こる。当時の人々はそんな諦めをもって生活していくしかなかった。(『忘れられた巨人』土屋政雄訳)

第1話で語られた森の言い伝えが伏線として機能し、第2話では事件が起きた。新任体育教師の堀江龍子先生は原作では着任早々ではなく古参の設定だが、神川恵美子校長の態度が偽善的だとして、生徒たちになんとかして「真実」を伝えようと努力していた。そのことが森の殺人事件へとつながってしまうのである。
第1話の結末で視聴者が味わったものが意外な事実を突きつけられたという驚愕だとすれば、第2話で神川校長から堀江先生にあることが明かされた場面のそれは、真実からは誰も逃れられないのだという絶望だ。この物語はいくつかの動かしがたい事実を提示し、そのたびに絶望感を視聴者に味わわせるものになるだろう。その最初のものが、第2話では示されたのである。神川校長を演じた麻生祐未の熱演が見事であった。

生徒たちへの〈まなざし〉


第1話で少しだけ登場したマダムさん(演じるのは真飛聖)のキャラクターについても補強が行われた。彼女がなぜ陽光学苑に出入りしているのか、というのが物語の謎を解くための重要な鍵になる。今回は学苑で開かれた展示会に現われ、帰路、美和の作品を見てもらおうとする恭子たちが突然目の前に現れたことで彼女は驚愕する。その表情にあったものは紛れもなく恐怖の表情だった。この部分、原作の文章を引用する。

──ルースの言うとおり、マダムはわたしたちを恐れていました。蜘蛛嫌いな人が蜘蛛を恐れるように恐れていました。そして、その衝撃を受け止められる心の準備が、わたしたちにはありませんでした。蜘蛛と同じに見られ、同じに扱われたらどんな感じがするか……計画時には夢想もしないことでしたから。(土屋政雄訳)

このときのマダムの眼差しがどういうものであったかを、読者は物語のずっと後で思い出すことになる。ドラマにおいても重要な場面だったはずである。真飛聖のあの表情が何を指していたかということを、記憶に留めておいていただきたい。

さあ、今夜10時、いよいよ恭子たちは陽光学苑を卒業し、社会へと出て行くことになる。恭子と美和、友彦の関係がどのように描かれるか。ドラマの方向性を左右することになる第3話をしっかり見届けたい。
(杉江松恋)