雲田はるこ『昭和元禄落語心中』を原作とするアニメ、ますます絶好調に放映中である。Blu-rayの発売日も2月24日と発表された。
前回の「昭和元禄落語心中」第3話は、原作2巻のお話。日本が戦火の中に突き進んでいき、落語をはじめとする大衆娯楽が一気に衰退した時期から敗戦直後までが描かれた。戦争によって初太郎(のちの有楽亭助六)とも引き裂かれ、菊比古(のちの八代目有楽亭八雲)は、師匠のおかみさんと共に地方へ疎開、工廠で働くことになる。


禁演落語という「自主規制」


戦時下の事態を象徴的に表すのが、作中でも語られた禁演落語の存在だ。1941(昭和16)年、戦時中という時局にふさわしくないと見なされた落語53席が東京・浅草の長瀧山本法寺のはなし塚に葬られた。大事なのはこれが当局からの規制ではなく、落語界が自ら行ったものである。「自粛」が表現を萎縮させた悪例として、語り継がれるべき歴史的事実といえる。
53席は以下の通り。現在では不適切とされる用語があるが、どうかご容赦いただきたい。
1)廓噺…「明烏」「粟餅」「磯の鮑」「居残り佐平次」「お茶汲み」「おはらい」「お見立て」「親子茶屋」「首ったけ」「廓大学」「五人廻し」「三助の遊び」「三人片輪」「三人息子」「三枚起請」「品川心中」「疝気の虫」「高尾」「辰巳の辻占」「付き馬」「搗屋無間」「突き落とし」「とんちき」「二階ぞめき」「錦の袈裟」「白銅」「ひねりや」「文違い」「坊主の遊び」「星野屋」「万歳の遊び」「木乃伊取り」
2)艶笑譚、男女の交情を描いたもの…「氏子中」「紙入れ」「蛙茶番」「駒長」「権助提灯」「城木屋」「つづら間男」「つるつる」「引越しの夢」「一つ穴」「不動坊」「庖丁」「宮戸川」「目薬」「悋気の独楽」
3)不道徳な行為、残酷描写など…「後生鰻」「子別れ」「贋金」「六尺棒」「山崎屋」「よかちょろ」
1)〜3)の分類は便宜上のもので、実際に禁演落語を定めたときの定義とは異なっている。吉原などの遊興を描いた噺が多く、艶っぽい内容のものなども多く対象になったことがわかる。その反面、単なる親不孝な道楽息子の話にすぎない「六尺棒」や、親子の情愛を描いた「子別れ」(上にあたる部分が「強飯の女郎買い」として演じられるからか)が入っているなど、基準がよくわからない。「自粛」とはそういうものだとは思うが。

戦時中の落語家たち


菊比古が疎開を余儀なくされたように、戦争によって仕事を奪われた落語家たちは他にも多数いたはずだ。また、菊比古の師匠である七代目八雲や初太郎のように、慰問のために日本を離れて戦地に赴いた落語家たちもいる。その代表例が五代目古今亭志ん生と六代目三遊亭圓生で、2人は中国大陸で終戦の時を迎えた。復員船に乗って帰国するまで時間がかかり家族に死んだのではないかと思われたほどだった。志ん生の長男である十代目金原亭馬生(先代。故人)は、父が帰るまでの期間一家の大黒柱として働き、家族を養った。
菊比古が師匠の家を守り、おかみさんを養うために働いたエピソードは馬生のそれによく似ている。菊比古はその期間、前座でありながら特例として二つ目扱いされていたと語られたが、馬生もまた前座修業を経験しておらず、二つ目から落語家人生を開始しているのである。当時は落語家の絶対数が不足しており、前座も徴兵されて戦地へ送られた。元落語協会会長である四代目三遊亭金馬は、1941年、12歳のときに先代金馬に入門して山遊亭金時を名乗ったが、戦時中には他に人がおらず1人だけで前座仕事をこなしたという。
従軍経験のある落語家としては五代目春風亭柳昇(故人)、五代目柳家小さんなどがいたが、現在ではみな鬼籍に入ってしまった。元はトロンボーン演奏を得意としていた柳昇は海軍で乗艦時に銃撃を受けて指を数本失い、音楽の道を断念して落語家になった。小さんは二度召集令状を受け取って従軍したが、最初のときには歩兵第3連隊に属していたため、二・二六事件も体験している。あの立て籠もった兵士の中に小林盛夫二等兵こと後の小さんもいたのだ。

出囃子という「テーマソング」


菊比古はもともと音曲の方面で修業をしていたので、三味線の心得がある。それがきっかけで、下座(三味線担当)の千代ちゃんという女性と恋仲になるのだ。
寄席のお囃子にはさまざまな種類がある。その中でも、落語家が高座に上がるときに鳴らされ、演者ごとのテーマソングとなるのが出囃子だ。作中で菊比古が弾いたのは「梅は咲いたか」であった。これは現役落語家では立川志の輔の出囃子である。昭和の大看板と言われた名人たちにも、それぞれ印象的な出囃子があった。五代目古今亭志ん生の一丁入り、八代目桂文楽の野崎、六代目三遊亭圓生の正札附、五代目柳家小さんの序の舞などである。
これらの出囃子がかかるときは、下座さんが三味線を弾き、笛や太鼓はそのときに入っている前座落語家が担当する。前座は、師匠方の用事をしながらそうした鳴り物もこなさなければならないのである。もちろん菊比古や初太郎も同じように太鼓や笛を仕込まれたはずだ。寄席囃子のCDはいくつか市販されており、「決定盤! 寄席囃子100」のように現役の落語家が鳴り物を担当したものもある。

今回の演目


戦時下の話ということもあり、今回口演された落語はいずれも断片的なものだった。最初に菊比古が稽古しているのが「子ほめ」(前回参照)、寄席で菊比古と初太郎が聴くのが「黄金餅」、寝物語のようにして初太郎が語るのが「あくび指南」である。
その他はいずれも断片的だった。菊比古が「四方(よも)の山々雪溶けて水かさ勝る大川の上げ潮みなみ、岸辺をさらう波の音がだぶりだぶりと」と稽古をしている前々回も紹介した「野ざらし」、その後でお座敷に呼ばれて語っているのが「包丁」と(ナレーションとかぶっていて聴き取りにくいがたぶん)「釜泥」である。このうち「包丁」は六代目三遊亭圓生の十八番で、自分の独演会でネタおろししようとした立川談志が噺の中に出てくる端唄の八重一重が巧く唄えず、圓生に代演を頼んだという逸話が残っている。後に談志は、その部分を木更津甚句に差し替えて演じた。「釜泥」は、釜茹でで処刑された石川五右衛門の追善供養のために、江戸中の泥棒たちが釜を盗んでまわるというナンセンスな設定がいい噺だ。ちなみに「包丁」と「釜泥」は原作には出てこない。

「黄金餅」は五代名古今亭志ん生の十八番である。大金を飲み込んで死んだ男を焼いて、腹の中からそれを取り出そうとする噺で、情景そのものはグロテスクだし、倫理も法規も完全に無視しているのだが、それでも暗くならないのがいかにも落語だ。
途中に下谷から麻布絶口釜無村の木蓮寺までの道筋を滔々と述べる(言い立て)のくだりがある。その部分と、木蓮寺の貧乏住職が適当な経を読むくだりが聴きどころだ。立川談志は志ん生の言い立てに疑問を持ち、実際の地図とは異なっているのではないかとして、修正したものを自分の噺に取り入れた。複数音源が存在するが、同じ道筋を今歩くとどうなるか、という現代版を入れたバージョンが「談志ひとり会」にある。「上野鈴本(演芸場)」「肉の万世」などと実在する建物の名前が次々に出てくるのがおかしい。

「あくび指南」は、題名通り、あくびの作法を教える指南所の噺だ。まことにばかばかしく、これまた実に落語的である。どんな場所で演じられても邪魔にならない小品なので比較的聴く機会は多いのではないかと思う。私が20代のころは「あくび指南」といえば三代目三遊亭小円朝(先代。故人)の得意ネタと言われていた。現在は演者が多く、それだけに音源も多数存在する。市販はされていないが、立川談笑はこの噺を「ゲロ指南」に直して演じている。著書『超落語 立川談笑落語全集』で読むことが可能だ。

さて、1/29(金)放送の第4回は戦後編の始まりである。菊比古・初太郎人も前座から二ツ目に昇進し、いよいよ落語道を極めていくことになる。2人の運命を握るヒロイン、みよ吉も第3回のラストで登場した。今回も見逃し厳禁だ。

(おまけ)
私も新米落語プロデューサーというか、下足番として会を企画しています。よかったらこちらにも足をお運びください。
2/19(金)午後6時半(開演午後7時)「立川談慶独演会 談慶の意見だ」出演者:立川談慶、ゲスト:畠山健二(作家)


2/21(日)午前0時半(開演午前1時)「立川談四楼独演会 オールナイトで談四楼」出演者:立川談四楼、立川只四楼


2/23(火)午後2時半「立川さんちの喫茶★ゼンザ 立川流前座勉強会」出演者:立川志ら鈴、立川志ら門、立川らく葉、立川うおるたー、立川らくまん(予定)
2/24(水)午後6時半(開演午後7時)「台所鬼〆独演会 お腹一杯独演会」出演者:台所鬼〆


(杉江松恋)