「ちかえもん」は悲しくてやりきれないコメディか

写真拡大

先週は、ザ・フォーク・クルセダーズの「悲しくてやりきれない」(1968年)だった。
何かといえば、NHKの木曜時代劇「ちかえもん」(木曜よる8時〜)第2回(1月21日放送)の劇中で、松尾スズキ扮する主人公・近松門左衛門がうたっていた歌である(今回も「うた 近松門左衛門」のテロップがお約束のように登場)。

先々週放送の第1回で近松が歌っていたのは「大阪で生まれた女」だったので、次は「やっぱ好きやねん」か「悲しい色やね」あたりではないかと踏んでいたのだが、いや、すっかりはずしました。まあ、オリジナルの「悲しくてやりきれない」を歌ったフォークルも関西は京都出身のバンドなので、近松が歌っても何の無理は……ありますな。


それはともかく第2回、本作の狂言回しというべき「孝行糖売り」の万吉(青木崇高)は前回より引き続き、「元禄のキャバクラ」=堂島新地の遊郭・天満屋に居残り、遊んだ金が払えない代わりに雑務をこなしていた。これが意外とてきぱきとこなし、またそのキャラクターゆえか、遊女や店の人たちからも妙に人気を集める。そのなかにあって、つんけんしてまったく愛想のない遊女が一人。それが早見あかり演じるお初なのだが、万吉は彼女を一目見たとたんすっかり惚れこんでしまう。

名作『曾根崎心中』の新解釈か


恋の病にかかった万吉、お初を嫁にしたいと近松に相談に赴く。非モテの中年男に恋愛相談とはどう考えてもお門違いだが、さすがに作家とあって、「一、見栄 二、男 三、金 四、芸 五、精 六、おぼこ 七、ゼリフ 八、力 九、肝 十、評判」のうちどれか一つ備わっていれば女ができるという十カ条を説いて聞かせる。こう、いくつかキーワードをあげるともっともらしく聞こえるのは、いつの世も変わりませんな。ちなみに五の「精」は精力かと思いきや、さにあらず、精を出して働くことらしい。以下、六の「おぼこ」は母性本能をくすぐる子供っぽさ、九は度胸を指す。

しかし万吉にはどうやら十カ条のいずれも当てはまらない。そこをどないかしてくれと問い詰められ、近松は投げやりに「イモリの黒焼きにでも頼れ」と答える。イモリの黒焼きは惚れ薬、飲ませれば最初に見た相手を好きになると教えこまれ、万吉さっそく外へ飛び出す。考えたらいまは冬、イモリも冬眠して見つけるのは至難のはずが、そこは彼のこと、前回のサバと同じくどこからか手に入れてくる。

こうしてできあがった惚れ薬。しかし近松、おのれで勧めておきながら、ここへ来て「男やったら正々堂々とお初を惚れさせてみい!」と万吉を説き伏せる。それでもお初の笑顔を見たい万吉が代わりにプレゼントしたのが、自分の売ってる不孝糖。彼女には特別、新たにつくったゴマ入りの不孝糖を舐めさせたのだが、どういう手違いかゴマではなく惚れ薬が入っていた! とわかったところで今回のクライマックス。

万吉がお初の前に立ち塞がったときにはすでに遅く、彼女の視線の先には、天満屋に逗留していた平野屋の放蕩息子の徳兵衛(小池徹平)が……って、このあと近松が書くはずの名作『曾根崎心中』のモデルとなった2人がまさかこんな出会い方をしていようとは! 期せずしてとはいえ、結果的に近松が2人を結びつけてしまうという何ともマッチポンプな展開に。まったく大胆な解釈に「ええええっ!?」と驚かされたところで、物語は今夜放送の第3回へ続く。

今夜放送の第3回には赤穂浪士も登場!?


万吉が遊郭に居残って奔走する様子は、落語の「居残り佐平次」およびそれを下敷きにした映画「幕末太陽傳」(フランキー堺主演・川島雄三監督、1957年)を彷彿とさせる。……と思ったら、万吉を演じる青木崇高は昨年、舞台版の「幕末太陽傳」で主演していたのですね(舞台版はちょうど今週末の1月31日にCS衛星劇場で放映予定あり)。ついでにいえば、劇中の近松と万吉のちぐはぐなやりとりも、落語のご隠居と与太郎の会話を思わせる。朝ドラ「ちりとてちん」の噺家役で鍛えられたおかげもあってか、青木のセリフの間合いは絶妙だ。

ところで近松門左衛門の作品は、『曾根崎心中』を含め悲しくてやりきれないものが大半だ(おっ、冒頭の話とつながった)。にもかかわらず、その作者を主人公としたこのドラマはあくまでコメディタッチである。いや、これはいずれ訪れる悲劇を際立たせるための“スイカの塩”みたいなものだったりするんでしょうか。すでに第2回でも、お初が女将(高岡早紀)から木に縛りつけられ、当時の遊女の厳しい境遇がちょっとだけ垣間見えた。

次回予告には赤穂浪士の討ち入りらしきカットも。そういえば、討ち入りのあった元禄15年12月14日は、西暦変換すると1703年1月30日と、ちょうど季節的に放送日と近い。近松はこの事件を『碁盤太平記』と題して劇化、これはのちに歌舞伎でもおなじみ『仮名手本忠臣蔵』の原型のひとつとなるのだが、「ちかえもん」でははたしてどんなふうにとりあげられるのか。お初と徳兵衛のゆくえとあわせて第3回も見逃せない。
(近藤正高)