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○社会問題を製造中

人気俳優夫婦の部屋探しの様子を、接客にあたった不動産会社社員がツイートし、騒動となりました。会社サイドが関係各位に謝罪したものの、ツイートした社員の名前や素性、顔写真がネット上で晒されます。本人がネット上に公開していた個人情報に過ぎないのですが、あるワイドショーはこれを「ネットリンチ」と定義して、社会問題化をたくらんでいるようです。

「ネットリンチ」は元々、ネット上に誹謗中傷やデマを拡散する行為であり、その対象はクラスメイトや同僚と限られた交際範囲の話でした。語弊を怖れずに言えば、昭和時代から変わらぬ「イジメ」の舞台が、ネットに移っただけです。これが拡大解釈されて、容疑者の個人情報拡散や、いわゆる「炎上」までもが、ネットイジメに含まれようとしています。

私はこの流れを危惧しています。もちろん、根拠を示さぬ誹謗中傷や、理由なき個人情報の拡散、執拗に相手をつきまとう批判など、その行為を良いとは言いませんが、「ネットリンチ」の危険性を声高に叫ぶ人々に「怪しさ」しか感じないのは私だけでしょうか?

○立場が変われば

生まれや育ちだけを論拠に、人を批判することは許されません。それは「差別」そのものであり、いわゆる「ヘイトスピーチ」なるものが存在するのであれば、これを指すのでしょう。しかし、その人の発言や行動への批判はあって然るべきであり、批判者の表現や言論の自由も確保されるべきものだと思います。個人的には、批判にこそ「品位」を求めたいと願うものですが、「ネットリンチ」を叫ぶ人の中には、正当な批判や表現すらも「ネットリンチ」に含めようとしている人がいるのです。

ネットでそこそこ有名人だった某氏は、ネット上で痛烈に他人を批判し、攻撃対象のブログを炎上させたことなど数えきれません。別名アカウントで、複数の人間を演じ、燃え上がらせたことも少なくないという噂もあります。その彼が何かの拍子でテレビに出演するようになり、その露出とともに著作物が売れ出すと、その批判の刃は自分に戻ってきます。

俗に言う「有名罪」の類ですが、批判される側に回った途端、自分への攻撃を「ネットリンチ」と定義して被害者面を始めたのです。

○エスタブリッシュメントの傲慢

ある政治家がブログ内で、陳情者の個人情報を晒したとして炎上した事件がありました。舌鋒するどく批判を煽ったのは、某大手新聞社のG記者。この政治家がコスプレを披露するなどで、ネット上の有名人だったことも手伝い、鮮やかに燃え上がってしまった炎上は「ヤフーニュース」を飾りました。G記者はこの陳情者と幼なじみであり、条例にも反対の立場でした。つまり、私利私欲のために政治家のブログを炎上させたとも言える話で、これはすなわち「ネットリンチ」と呼べるのではないのでしょうか。

それではどんな個人情報を晒したのか。

陳情者は、すでに故人とはいえ有力政治家の孫を名乗った上で、議会で審議中の条例に反対するように電話で依頼していたのです。陳情を受けた政治家は、故人と同じ党ということもあり、自己申告の素性が本当だったと仮定し、「先生(政治家)なら、自分の信念をもとに行動するはず。私も同じです」と戒めます。そしてこの電話でのやり取りをブログで紹介したら「個人情報を晒した」と批判を始めたのがG記者だったのです。

冷静に考えてみると「ちょっと待ちなさい」という話でしょう。大物政治家の名前を出すということは、その名前の影響力に期待しているということです。故人の名前で現役の政治家を動かせるなら、一部の「エスタブリッシュメント=政治家一族」の電話一本で条例が左右される、つまりは民主主義の根幹が揺らぐ重大事といえるのです。

○颯爽と逃げ出す

炎上の火勢がピークに達するころ、G記者の「煽り」がピタリと止まります。一連の騒動をヤフーニュースで知った新聞社の上司から「これ、政治家一族による利益誘導だよね」と問われたからです。

政治家サイドがコメント欄の削除対応で"鎮火"を試みると、G記者には信者から「逃げた」とご注進。しかし、すべてを無視して彼は逃げきったのです。G記者もまた、いわゆる「セレブ」に属する家庭の出身であり、上司は苦虫を噛みしめたように「あいつら自分の利益には敏感なんだよね」と吐き捨てました。

他人をリンチにかけておいて、自らに被害が及ぶとなると、脱兎の如く逃げ出す様は「ネットリンチ0.2」でしょう。「ネットリンチ」と声高にさけぶ人らとG記者が重なって見えて仕方ありません。

冒頭の事例でも「リンチ」の対象となったのは、芸能人の個人情報を晒した不動産会社の社員です。法治国家である我が国では、民間人による「私的報復」を認めておらず、ネット民による「裁き」を応援するつもりはありません。しかし、現在の警察は刑法犯でなければ動いてはくれず、民事であれば被害者がわざわざ裁判を起こさなければなりません。

つまり、もっとも批判すべきは「ネットリンチ」ではなく「法的整備の遅れ」なのです。

何より、「リンチ」を常態化しているテレビに、ネットリンチを責める資格はありません。あの国民的アイドルグループの生謝罪という名の「公開処刑」もそうですが、人気タレントと売り出し中のミュージシャンの、不倫関係において交わされたとおぼしき会話という「個人情報」まで、公共の電波に乗せ拡散するのは、テレビメディアによる「リンチ」でしょう。

ゲスな二人の不倫劇には先週も触れた通り呆れるばかりですが、仮に「不貞」を公序良俗の視点から批判するのであれば、隠し子が常態化している梨園を深掘りしないのは不公平すぎます。

○エンタープライズ1.0への箴言

ネットリンチと批判は別もの

宮脇 睦(みやわき あつし)
プログラマーを振り出しにさまざまな社会経験を積んだ後、有限会社アズモードを設立。営業の現場を知る強みを生かし、Webとリアルビジネスの融合を目指した「営業戦略付きホームページ」を提供している。コラムニストとして精力的に活動し、「Web担当者Forum(インプレスビジネスメディア)」、「通販支援ブログ(スクロール360)」でも連載しているほか、漫画原作も手がける。著書に「Web2.0が殺すもの」「楽天市場がなくなる日」(ともに洋泉社)がある。最新刊は7月10日に発行された電子書籍「食べログ化する政治〜ネット世論と幼児化と山本太郎〜」

筆者ブログ「ITジャーナリスト宮脇睦の本当のことが言えない世界の片隅で」

(宮脇睦)