晴れ晴れとした表情で記者会見に応じた手倉森監督。イラク戦のゲームプランは思い通りに運ばず、記憶が飛んでいたという。写真:佐藤 明(サッカーダイジェスト写真部)

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 1月27日、イラクとの激戦を制し6大会連続となる五輪出場を決めた手倉森監督が晴れやかな表情で記者団の取材に応じた。狙っていた90分での勝利を振り返りつつ、決勝戦の韓国戦への想いを語った。
 
――◆――◆――
 
――イラク戦後、ホテルに戻ってからの選手たちの様子はどうでしたか?
 
 静かでした。昨日はソフトドリンクで乾杯したんですけど、オリンピック出場を決める前と後、ホテルに帰ってきてからもあまり変わっていない印象でした。
 
――五輪出場が決まった瞬間は喜びを爆発させていました。
 
 いや、やっぱり彼らも相当悔しい想いをしてきたんだなっていうのを改めて感じました。そしてオリンピック出場への重圧、プレッシャーから解き放たれて安心したんだなと思いました。
 
――監督自身の心境はいかがですか?
 
リオの本大会まで仕事ができるなと。イラク戦で決まって良かったです。イラク戦は90分以上やりたくないという想いで戦っていました。
 
――試合終了後、“ドーハの悲劇”が“歓喜”に変わったと日本で話題になりました。
 
 選手たちにもその話をして、そういう縁もあったんだなと思いました。悲劇から歓喜という逆転みたいなことですけど、日本サッカー界の歴史を今の世代の子どもたちはしっかり知るべきだなと改めて感じましたね。それを必ず覆す時が来る。また、日本サッカーがどう進み、自分たちがどの場所にいるのかを知りながら戦うことも必要だと思いました。
 
――記念撮影の際には監督が選手たちの前に寝っ転がっていたのが印象的でした。
 
 水をかけられると思っていなかったので、もういいやという感じになりました。若い世代の選手たちにいつも『元気を出せ』と言っていて、バカをやる選手もいないですが、あの一瞬だけはおどけてみせました。嫁から『はしゃぎすぎ』ってメールが来ましたが(笑)。
 
――選手たちからは手荒い祝福を受けていましたが、今までもああいうシーンはあったんですか?
 
 仙台時代はありましたよ。ただこのチームではなかったです。嬉しいです。
 
――イラク戦では、小学生時代から知り合いの原川選手と久保選手がゴールを挙げました。なにか縁があったと感じられたのでは?
 
(久保)裕也はなんとなく取りそうだなという気はしていました。(原川)力には風上だったのでミドルシュート狙っていけっていう話はしていて、なかなか打つタイミングはなかったんですけど、最後の最後で打ってくれました。
 
(翌日の)午前中にイラク戦を見返したんですが、膠着状態が続いたゲームだったなと。リオ五輪出場が懸かっていたからこそ、緊迫感を感じました。
 
 ただイラクにチャンスを作られていたような気がしていたんですが、見返したらそんなに怖いシーンはなかったです。我慢比べのようなゲームで、延長に行こうとしていたのはイラクで、こっちは90分で決めようとしていた。そこで決着がついたのかなと思います。今まで苦しい想いをしてきた分、上手く勝たせてもらったなというゲームになりました。
 
――いつもは試合の内容を詳細に覚えていらっしゃいますが、イラク戦は見返すまで自分の中で覚えていませんでしたか?
 
 昨日(イラク戦)はもっとやれると思っていたんです(笑)。もう少しつないで崩して、前半のうちに2点くらい取れればなと感じていました。だけど1点止まり。同点にされた時点でちょっと思い通りではなくて、そこに対して記憶が飛んでしまいました。
 
――いろいろな選択肢があるなかで欠場の可能性のあった遠藤選手を先発起用しました。評価はいかがでしょう?