「らしくない」チャンスメイクから先制弾を演出。鈴木はイラク戦で成長した姿を見せた。写真:佐藤 明(サッカーダイジェスト写真部)

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「足もとにボールが収まらない時が多いですよね」

 イラク戦が始まる数時間前、記者が鈴木武蔵の恩師にそう訊くと、意外な答が返ってきた。

「まあ、そう言わないでくださいよ。あれでも上手くなったんだから(笑)。プロに入ってからも間違いなく成長していますよ」

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 群馬の桐生一高で監督として冬の選手権に出場した実績もある田野豪一氏と、そんなやりとりをしていたから、“あのプレー”は強烈に映った。あのプレーとはもちろん、イラクとの準決勝で久保裕也の先制点を呼び込んだチャンスメイクのことである。

 前半の26分、左サイドでひとりスルーパスから抜け出した鈴木が自慢の快足を活かして敵陣深くまで切り込むと、ゴール前に走り込んだ久保に絶妙なラストパス。記者が懸念していた“足技”であんな美しいアシストを決めるとは……。ただただ驚きだった。

 かつての教え子である鈴木が久保のゴールをお膳立てした直後、その試合をテレビで観ていた田野監督も一気にテンションが上がったという。

「相当嬉しかったよね(笑)。来たよ!って。敵の裏にボールを出して、追いつくところまでは武蔵らしい。ただ、あの後のセンタリングは武蔵らしくない(笑)。予想できないプレー。あんなアシストができるようになるなんて、素晴らしいと思いました」

 予想できなかった──。ボールに追いつくところまでは「武蔵らしい」が、そこからボールを運んで丁寧にアシストするところまで馬力がついたところが、田野監督に言わせれば「成長」だった。

「繰り返しますが、あのセンタリングは素晴らしかった。プロに行ってから特にテクニックの部分が伸びていますよ。いまだに(足もとでボールが)多少弾む時があって、メディアの皆さんに(鈴木のポストワークなど)はあまり上手いように見えないかもしれませんが、プレーの意図はしっかりと伝わってくる。失敗しても、『こっちの方向にパスを出したいんだろうなあ』というのが分かります。

 正直、高校時代は(鈴木)武蔵のプレーからそういう意図が感じ取れませんでした。プロに入った直後も“予想通り”失敗していた。それが新潟で一時期レギュラーになった頃から、変わってきましたね。失敗しなくなってきた。身体の向きとかで、やりたいことが分かるようになった。イラク戦のあの場面もそうですよね。抜け出した後、ボールを運んでからのプレーはイメージできていた。高校時代から見ていた私にすれば、『成長したなあ』となるわけです」
 
 ただ、先制した3分後のシュートは、“予想通り”だったという。ゴール正面で南野拓実のスルーパスを受けた鈴木は、フリーながらも芯でボールを捉えられずゴール右に外したのだ。

「完全にダフッていましたよね。コースを狙ったんだろうけど、『えっ!?』みたいな。せめてポストに当たれば惜しいとなりましたが、(ゴールから)1メートルぐらい外れていましたからね。あれを決めていたら(スポーツ新聞の)一面でしたよ」

 「でも、仕方がない部分もあります」と田野監督は冷静に話す。

「桐生一高に入ってきた頃はごく普通の選手でした。トップ下を希望していてヘディングも好きそうではなかった。でも、今ではちゃんと競っている。なにもかも求めては酷です。なにしろ、昔の彼は『敵の背後をとる以外のプレーは平凡でしたから』(笑)。

 今だから言えますけど、高校卒業時と同じ状態なら継続して世代別の代表に呼ばれることはなかったと思っていました。でも、こうしてオリンピックの出場権を争う舞台に立っている。一つひとつ成長している点は、凄いです」

 今回のリオ五輪最終予選では、田野監督が鈴木の成長を感じたプレーがもうひとつあった。それは、タイとのグループリーグ第2戦で決めた先制弾だ。

「武蔵は最終予選が始まる前にゴールをいくつか決めていました。でも、チームの2点目とか3点目とか、そこまで影響を与えるものではありませんでした。しかも、相手は日本の格下でしたからね。ハットトリックを達成した試合もあったとはいえ、どこか印象が薄かった。勝負どころでのゴールがなかったんです。その点で、タイ戦の先制点は大きかった。これでまた武蔵は伸びると思いました」

 確かに、あのゴールは大きかった。北朝鮮とのグループリーグ初戦、日本は予想以上に苦戦した。「こんなパフォーマンスで五輪の出場権は獲得できるのか」という不安もあるなか、続くタイ戦で叩き込んだ鈴木の先制弾は、結果的に良い流れを作るという意味でも意義があった。

 国と国とのプライドがぶつかり合う最終予選、しびれるような舞台でタイやイラクを相手に目に見える結果を残した。だから、田野監督は鈴木を「誇りに思う」。

「試合後、『誇りに思うよ』というメッセージを送りました。普段そういうことはあまりしませんが、さすがにオリンピック出場を決めた試合ですからね。うち(桐生一高)の後輩たちにも刺激になるし、本当に誇りに思います」

 しかし、喜んでばかりもいられないだろう。田野監督は少し声のトーンを下げてこう言った。「大迫(勇也)くんの例が頭をよぎる」と。
 
 当時、ロンドン五輪のアジア予選には出場していた大迫だが、残念ながら本大会のメンバーに選ばれなかった。そういう例があるだけに、田野監督は鈴木に警鐘を鳴らす。

「予選で活躍しても、本選に出られない。そうなったら、厳しい。予選突破については『おめでとう』と素直に言えますが、浮かれてはダメです。勝って兜の緒を締めよということです。やはり、オリンピックは本選に出てなんぼだと思いますからね」

 オーバーエイジが採用されるロンドン五輪本大会に向け、これまで以上に競争が激化するのは明らかである。だから、鈴木が日本に戻ってきたら、田野監督は次のようなメッセージを伝えるつもりだ。

「とにかく、Jリーグで活躍しろ。誰が見ても納得できるような結果を、武蔵はまだ残していない。だから、Jリーグで活躍しろと伝えたいです。今の五輪代表は得点力がひとつの課題と言われていて、オーバーエイジの存在も無視できない。ここからが本当の勝負です」

 「残念なのは」と田野監督が懸念していたのは、鈴木が日本代表の予備登録にも入っていない点だ。

「久保くん、岩波(拓也)くんあたりが予備登録されているのに、武蔵は入れない。そこに関しては、本人も危機感を持っているはずです。次の目標は間違いなくフル代表入りですからね。そこを目指す意味でも、リオ五輪本大会までの期間は勝負です」

 それでも、田野監督は最後、明るい声で鈴木の活躍を喜んでいた。

「原川くんの決勝弾で忘れられちゃう可能性もあるかもしれませんが、武蔵のアシストは本当に素晴らしかった。贔屓目に見ている? いやいや、あれは正真正銘、最高のアシストでした」

取材・文:白鳥和洋(サッカーダイジェスト編集部)