中国と日本の間には、互いにまだ誤解している部分がたくさんある。そう主張する南通大学の樊さんは、自身の日本への考え方の変化を作文に記している。資料写真。

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中国と日本の間には、互いにまだ誤解している部分がたくさんある。そう主張する南通大学の樊[日斤]怡さんは、自身の日本への考え方の変化を、次のように作文に記している。

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若い時に日中戦争を体験したひいおじいちゃんに、小さい頃、戦争についての話を聞かされた。私の幼い心には「日本人は怖い」という印象が残り、日本人に対して好感を持っていなかった。

高校時代、私は偶然に毛丹青氏が書いた『狂走日本』という本を読んだ。初めて戦争以外の日本に関したものに触れた。その本の中の京都の紅葉狩りなどの美しい景色の写真を見て、文章を読んで、とても感動した。日本人は自然を愛していて、たくさんの知恵を生活に取り入れている。全然怖くないと思った。そのような思いが私の日本の文化に対する興味を起こさせ、川端康成や夏目漱石などの日本人作家の作品を読むようにまでなった。それらの作品を通して、日本人の細やかな表現や描写、作品の主人公の微妙で繊細な心のうちにも注目するようになった。

実は、私は大学に入って、日本語を専攻するつもりではなかった。大学の入学試験の直前に肺炎にかかってしまい、入院しなければならなかった。肺炎が治り、なんとか大学入試を受けることができたが、弁講士になる夢は消えたので、日本に対して興味を抱いていた私は、大学で日本語を専攻することにした。しかし、やはりひいおじいちゃんのことが気になった。私が日本語を専攻したと知ったひいおじいちゃんは、何も言わず、ずっと黙っていた。しかし、私が入学するときには、入学祝いとして、キヤノンのデジタルカメラをくれた。私は写真が趣味で、日本製を欲しがっていると察してくれたのだった。

大学に入ると、日本語だけではなく、生け花や茶道、着物など、日本の文化を学んだ。また、日本人の先生や留学生と出会い、交流して、私が最初に抱いていた日本人に対しての印象が大きく変わった。私が体験した日本人の優しさ、思いやり、親切、勤勉さ…、これらのことは私の人生の選択に影響を与えてきた。

ある日、私は思い切って、ひいおじいちゃんにもらったキヤノンのカメラで撮った写真を見せた。その写真には、私と日本人の先生や留学生たちが一緒に仲良く肩を並べた笑顔が写っている。ひいおじいちゃんは写真を長い時間、じっと黙って目つめていた。すると、私の目を見て、「何も心配しないで、自分の夢の実現に向けて努力しなさい」と私にそう言った。びっくりした私は笑いながら、力いっぱい何度もうなずいた。

私は、日本に対して以前の私と同じような印象を抱いている周りの中国人に、私が日本人の素晴らしい先生や友達を得たように、きっと多くの日本人と中国人、日本と中国という国同士もかけがえのない友達になれるということを自分の力を尽くして伝えていきたい。(編集/北田)

※本文は、第六回中国人の日本語作文コンクール受賞作品集「メイドインジャパンと中国人の生活」(段躍中編、日本僑報社、2010年)より、樊[日斤]怡さん(南通大学)の作品「民間交流から始まる相互理解」を編集したものです。文中の表現は基本的に原文のまま記載しています。なお、作文は日本僑報社の許可を得て掲載しています。