「ルールは守るべきもの」と考える日本人にとって、「わが身のためにルールを破ることを厭わない」という中国的な考え方は無茶苦茶で愚かに思える。しかし、中国人にとっても「ルールはなんでも守るべき」という考え方は無茶苦茶で愚かなのである。(イメージ写真提供:123RF)

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 「ルールは守るべきもの」と考える日本人にとって、「わが身のためにルールを破ることを厭わない」という中国的な考え方は無茶苦茶で愚かに思える。しかし、中国人にとっても「ルールはなんでも守るべき」という考え方は無茶苦茶で愚かなのである。

 中国メディア・鳳凰網は16日、日本企業と比較したうえで浮かび上がる中国企業の問題点について論じる文章を掲載。そのなかで、「ルールに対する理解」における日中間の相違について触れた。

 文章は、日本が非常に礼儀やモラルを重んじる国であり、ルールや秩序が非常にある社会を形成していると紹介。電車やバスを待つときには、中国のように先を争わずにルールに基づき行儀よく並ぶことで「みんなの時間の浪費を防いでいるのだ」と説明した。一方、中国人はその道理を頭で理解してはいるものの「地方役人から企業の社長や幹部、そして一般市民まで、常に自らの小賢しさを披露する。そのために多くの代償を払っているにもかかわらず、この悪癖は治らないのである」とした。

 そして、社会の進歩やモラルのレベルは「ルールに対する人びとの理解に直接かかわっている」と解説。ルールが多いほど、秩序が良好になるだけではなく「実は自由も多くなる」とし、逆にルールがなければ混乱が生じ、効率も高まりようがないと論じたうえで、それはまさに「策士策に溺れる」の道理ではなかろうか、と締めくくっている。

 ルールとは、ある種の人たちがある種の理由によって定めたものである。「ルールを守れ」と教えることは、確かに秩序を保ち混乱を防ぐことにつながるかもしれない。しかし、一歩間違えれば個々のルールが果たして適切かどうかの判断能力を奪うことにもなりかねないから注意が必要だ。(編集担当:今関忠馬)(イメージ写真提供:123RF)