追悼:マーヴィン・ミンスキー。MIT人工知能研を設立したAI研究の先駆者

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人工知能研究の先駆者であり、計算機科学に数多くの画期的な貢献を果たしたマーヴィン・ミンスキー氏が1月24日に亡くなりました。

分野を横断する多大な業績や、『心の社会』をはじめ古典となった著書のおかげで歴史上の偉人どころか伝説の人物ですが、生まれは1927年。2016年1月24日にボストンで、脳内出血のため88歳で亡くなりました。

業績・貢献のごく一部を挙げれば、

・人類初の「学ぶ機械」のひとつSNARC (Stochastic Neural Analog Reinforcement Calculator)の開発(1951年、24歳)。真空管で実装したランダム結線ニューラルネットワーク。

・共焦点顕微鏡の発明 (1953)。現在も広く使われる共焦点レーザー顕微鏡の原理。

・同僚ジョン・マッカーシーとともに、MIT人工知能プロジェクトの設立。後のMIT CSAIL (計算機科学・人工知能研究所)。

・計算機科学の分野で最高栄誉とされるチューリング賞(1969年)。人工知能分野の創設と振興、発展への業績に対して。Japan Prize (日本国際賞)も1990年になってから人工知能への貢献に対して贈られています。

・心の社会理論。著書は1986年の『心の社会 Society of Mind』など。

研究者としての業績と同時に、MITの名物教授としても多数の著名な計算機科学者・人工知能研究者を育てています。

主だった業績を列挙するだけで膨大な量になるものの、生涯を通じての興味と関心は知性とは何か、心とは何か。2016年のいま再びバズワードとなった「人工知能」、機械学習やニューラルネットワークは、一般的な意味での知性というよりも、特定タスクに特化した道具としての実用化がニュースを騒がせる理由です。

しかしこうした最先端の応用につながった理論や計算機科学一般の進歩も、ミンスキーをはじめとする先駆者が「そもそも知性とはなにか」という問いに、科学として真っ向勝負を挑んだことから始まっています。

ミンスキーを知る人が揃って証言するのは、あらゆることへの尽きない好奇心を持っていたこと。「知性とは何か」という問いも、若き日のミンスキーにとって絶望的といえるほど難しい課題と思えたがゆえに、「ほかに挑戦すべき価値があるものは思いつかなかった」と語っています。

この好奇心と、知的なジョークを好んだ性格を象徴する「発明」はこちら。ミンスキーより11歳年長で師でもあったクロード・シャノンの製作で知られるようになった The Ultimate Machine。最近はニコニコ動画などの作ってみたネタでも定番の、「スイッチが入ると手が伸びて自分のスイッチを切るだけの機械」です。