戦後初の国産練習機  引退後に米国で第2の人生/台湾

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(ロサンゼルス 24日 中央社)中華民国政府が台湾に移転後初の国産練習機として旧空軍技術局が開発した航空機がある。その名はPL1介寿号。1970年代に活躍し、1982年に現役を引退したが、現在ではその一部が台湾から遠く離れた米国で、第2の人生を歩んでいる。

米国にある機体のうち、機体番号「5849」を所有しているのは米国華人飛行協会(CAPAOA)のメンバー、李立揚さん。介寿号は現役引退後に5機が米国へ運ばれたが、そのうち1機が2008年、中古市場に出品されているのを見つけ購入した。

番号の58は中華民国58年(1969年)、49は全58機中49番目の機体を表す。登場からすでに45年以上が経過しているが、連邦航空局(FAA)の認可を受けており、現在でも飛行が可能。外観や内装は極力当時のままの姿を残し、多くの愛好家から注目を集めているという。

CAPAOAでは、機体の修復や復元にも取り組む。卜君力会長は、中華民国の航空発展史の記憶を保存し、忘れられないようにできればと語っている。

(曹宇帆/編集:齊藤啓介)