金田正一氏と青木功氏の「レジェンド」対談

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 400勝投手として野球界を代表する金田正一氏(82)と、日本人初の米国PGAツアー優勝などゴルフ界を代表する実績を持つ青木功氏(73)、レジェンド同士の対談が実現した。最近の日本人ゴルファーが海外で活躍できない理由を2人が語りあった。

金田:青木から見て、最近の日本人選手が海外で勝てないのはなぜだと思う?

青木:(石川)遼も(松山)英樹も、世界的に見ても巧いと思う。だけど世界のトップに立つ人は必ずこれという“一芸”を持っている。例えば世界ランク1位のジョーダン・スピースはオールラウンドプレーヤーだが、気持ちの切り替えが実にうまい。アプローチでもパターでもいい、遼や英樹になにか一芸があれば世界の五指に入れますよ。誰がメジャーチャンピオンになってもおかしくない時代。勝てるチャンスは十分にある。

金田:青木のような勝ちに対する執着心がないように見えるがな。

青木:うん、確かに負け方が良くない。負けてもいいから優勝争いをうんとやらなきゃダメだろうね。英樹は昨年のマスターズで5位になった。でもあれは最終日に優勝争いから外れてノープレッシャーの中で順位を上げての5位。そうではなく、最終日に優勝争いしている状態から出て、結果的に5位になるようでないと。

 最終日に「クソッ!」と思うような経験をすればするほど、次に勝つチャンスは生まれてくる。英樹や遼にはそういう組み立てのゴルフをしてほしい。

金田:まだ勝てる可能性はあるか。ゴルファーのピークはいつまでなんだ。

青木:遅咲き早咲きはあるが勝ち始めてから20年でしょう。オレは初優勝が30歳だったから選手としてのピークは50歳まで。その続きは本人の気持ち次第。

金田:ワシは現役生活を20年やったが、野球のピークは20歳から25歳までの5年間だったと思っている。ほんの一瞬だよ。

青木:だからこそ確固たる目的意識を持つことが大事なんだろうね。

金田:しかし石川、松山はまだいいほうだが、他の選手は情けないのう。

青木:うーん、自分はゴルフでしか生きられないという自覚がどれだけあるのかなァと思うね。遼や英樹のように海外である程度腰を据えて戦えるのがベストだが、箔をつけるために海外へ挑戦するのは意味がない。何しに行くかの目的を明確に持つべきだと思う。

 時差ボケで体調が悪いとか、洋芝が合わないとか言い訳するヤツが多いけど、それ以前に「お前はここに何しに来たんだ」といいたい。自分の仕事は何だ、ただゴルフをすることじゃない、勝つことだろうってね。

──女子に比べて男子が人気面で水を空けられているのも気になります。

青木:ファンサービスにもっと目を向けないといけないね。プロゴルファーは個人事業主だが、それ以前にツアー機構やPGAといった組織の一員なんだよね。そこに所属しないと試合にも出られないことを自覚し、従うことを覚えないといけない。シニアはまだファンサービスを頑張っていると思うけど、男子ツアーはちょっと身勝手な面があるね。もっと仲間意識を持ってもらいたい。

金田:いいことをいうね。青木よ、ゴルフ界のコミッショナーになりなさい。お前のいうことなら誰も文句はいわないだろう。もう恐いものなんかないはずじゃ。

青木:そんなことないよ。娘には頭が上がらない。家内には反抗できても娘にはね……(笑い)。

金田:それもワシと一緒じゃ(笑い)。

●かねだ・まさいち/1933年、愛知県生まれ。1950年に国鉄入団。入団翌年から1964年まで、14年連続で「20勝以上・300投球回数以上・200奪三振以上」(プロ野球記録)。1965年に巨人に移籍し、1969年に通算400勝を達成して引退。365完投、4490奪三振など、数々の日本プロ野球記録を作った。監督としては1974年にロッテを率いて日本一。1988年に野球殿堂入りを果たす。

●あおき・いさお/1942年、千葉県生まれ。国内通算57勝(賞金王5回)。海外では1978年に欧州ツアーの「世界マッチプレー選手権」を制したのを皮切りに、1983年には「ハワイアンオープン」で日本男子初の米ツアー優勝を飾り、1989年には豪州ツアーでも勝利して日米欧豪の4ツアー制覇を達成。1992年からは米シニアツアーに参戦して通算9勝。2004年には日本人2人目となる世界ゴルフ殿堂入りを果たしている。

※週刊ポスト2016年1月29日号