横浜市立大学大学院医学研究科 臓器再生医学 谷口英樹教授

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2007年にiPS細胞が発見されて以来、世界中の研究者が目指してきた「臓器を作り出すこと」。その先鞭をつけたのは、日本の研究者だった。

横浜市立大学大学院 医学研究科臓器再生医学教授の谷口英樹氏、52歳。2013年、世界で初めて、複雑な血管構造を持つ立体的な臓器の芽である、"肝芽(かんが)"を作り出した。

世界を驚かせた常識破りの発想

科学誌「ネイチャー」に掲載、「ディスカバー」で"世界100の重要な発見"の第5位、米国科学誌「サイエンス」では"全世界の科学の領域において壁を破壊しまったく新しい概念を築いた技術"に選出。名だたる科学誌で得た評価は、すなわち世界的な発見として注目を浴びていることに他ならない。

それまでの定石は、「細胞」という一単位から、シート状の二次元組織を作成、そして、積み重ねていって立体的な三次元の臓器を目指す、という順番で行うもの。その際、iPS由来の細胞は、単独で培養して純度を高め、他の細胞が混ざらないように細心の注意が払われてきた。

一方、臓器として機能するためには、縦横無尽に張り巡らされた血管が必要だ。しかし、別々に培養した血管細胞と後から混ぜても、なかなか立体的かつ複雑な血管構造は再現できず、"機能する臓器"にはなっていかなかった。

  

なぜ、谷口教授は成功したのか。その方法はこうだ。

iPS細胞由来の肝臓の前駆細胞と血管の細胞、接着剤の役目を果たす間葉系細胞の3種類を初期の段階から混ぜ合わせ一緒に培養。すると、培養を始めてすぐに細胞同士が自ら集まって塊となり、わずか2〜3日で立体的な"肝芽"すなわち"ミニ肝臓"に育ったのだという。その細胞の中には、複雑な血管ネットワーク構造もできつつあった。これこそ、臓器が育つ過程でできる器官原基、いわば臓器の"芽"だった。

「細胞は材料じゃない。"生き物"だと実感しました。だからこそ、お互いに協調しながら自律的に "肝芽"を形成した。治療では、この"肝芽"を投与して、患者さんの体内で機能的な肝臓へと育てるのです。様々な条件設定は今後の課題ですが、原理的には正常な肝組織に置き換えることも可能であると考えています」

実際、肝臓病のマウスでの実験では、1か月後、何も治療しなかったマウスは7割が死亡したのに対し、"肝芽"を投与した群は、実に9割が生き残った。

移植医として知った現実、そして出会い

「肝臓を作れませんか?」

これは、筑波大学時代の恩師、故・岩崎洋治教授の言葉だ。日本で最初に脳死からの臓器移植に踏み切って批判も浴びた岩崎教授は、徹底して「患者のために必要な医療を」との信念を貫き、臓器再生の未来まで予測していた。この言葉を受けて、若かりし谷口教授は25年以上前から肝臓を作り出す研究を始めたという。

日本臓器移植ネットワークによれば、1月4日現在、日本で臓器移植を待つ人は1万4143人。しかし、実際に移植を受けられるのは、年間わずかに300人程度というのが現実だ(2015年の移植件数315人)。

実は、谷口教授の出発点は外科医。移植医として臓器移植の臨床現場に携わっていた。そして、その一年目から臓器がまったく足りない現実を、身をもって体験もしてきた。

「臓器が間に合わないで、目の前の患者さんの状態が悪くなっていく、救えない。それは受け入れがたいことでした。だから、しばらくは臨床も続けながら、肝臓を作る研究も同時に続けてきたのです」

やがて、"肝臓を作る"研究一本に絞ることを決意。iPS細胞の発見がその背中を押した。ひたすら、挑戦と失敗を繰り返し、たどり着いた結果こそ、世界初の"ミニ肝臓"作製だったのだ。

京都大学iPS細胞研究所の山中伸弥教授は谷口教授をこう表現する。

「外科医なんだなと共感しています。ともかく目の前の患者さんのために手を動かして、前に進む。頭で考えるよりまず行動。僕も整形外科医時代に徹底して叩き込まれましたから」

ただひたすらに患者さんのために手を動かす――それは、恩師から受け継ぎ、山中教授という協力者と共有する信念なのだ。

"あまのじゃく"の目に映る「未来の医療」

昨年秋、横浜市大には新しい施設が増築された。ここでは、ロボットを駆使して大量に"肝芽"を作ることができる。谷口教授によれば、実際に治療となれば、実に数万個もの"肝芽"、ミニ肝臓が必要となる。そして、その細胞は皆同じ品質でなければならない。

しかも、機械の力を借りることで将来的なコストダウンも見込め、多くの人を救う医療につながるのではないかと考えている。そして、ロボットと人間が共同で作り上げたミニ臓器が、患者の体内で傷んだ臓器と置き換わっていく。谷口教授の目に映るのは、まさしく未来の医療。臓器不足が深刻な移植医療の現状に光をもたらすものだ。

次なる目標は3年後のヒトへの臨床研究。同時に谷口教授の研究チームは、確立した臓器の"芽"を作製する培養手法をもって、腎臓、膵臓といった肝臓以外の臓器の"芽"作製にも着手している。

「そもそも常識を覆す発想が生まれたきっかけは?」と質問した時だ。目の輝きが増し、ぐっと声が大きくなった。言葉は実にシンプルだった。

「患者さんを治したい。これは今も昔も変わらないんですよ。実際に患者さんを救うのは"細胞"からさらに一歩進んだ"臓器"。肝疾患の場合、細胞のままでは患者さんを治せない。だって、病気の患者さんが必要なのは臓器でしょ? だからゴールから逆算して考えました。普通のやり方をしてもうまくいかないなら、まったく違う方法を考える。多分、他の研究者と発想が逆だったんですよ。僕はあまのじゃくだからね」

明るく笑ったその顔が忘れられない。

谷口英樹教授プロフィール
1963年山口県生まれ。1995年に筑波大学大学院医学研究科を卒業後、筑波大学附属病院に勤務し、2002年より横浜市立大学医学部教授、2003年より同大学大学院医学研究科 臓器再生医学教授(現職)。03年〜08年には理化学研究所発生・再生科学総合研究センター研究ユニットリーダーも併任。今回の研究「iPS由来器官原基移植による機能的なヒト肝臓の創出」では2014年ベルツ賞も受賞している。
2016年1月24日(日)18:30〜 TBSテレビ「夢の扉+」に出演予定。

(Aging Style)