松山ケンイチ、落語にハマる。正座苦手でも「1時間超えの演目やりたい」
 故・森田芳光監督作『の・ようなもの』を森田組の助監督だった杉山泰一監督が映画化した『の・ようなもの のようなもの』が公開中です。35年ぶりの続編となる本作で主演を張るのは、森田監督の遺作『僕達急行A列車で行こう』に主演するなど、森田作品3作に出演してきた松山ケンイチさん。森田作品の印象から、「のようなもの」(迷える存在)としての生き方まで語ってもらいました。

あらすじ 東京の下町で修行に明け暮れる落語家の出船亭志ん田(しんでん)は、かつて一門に在籍していて行方知れずになっている志ん魚(しんとと)を捜してこいと言われる。そのうち師匠の娘・夕美も志ん魚捜しを手伝うことになり、この奔走によって次第に志ん田は成長していく。

◆この作品にもまた続編ができたらいい

――35年ぶりの続編で主演を務められました。

松山:35年ってすごいですよね。僕は常々、続編が作れるような作品に出たいって思ってるんです。続編ができるというのは、前作がいいからなので。『の・ようなもの のようなもの』でもまた続編を作りたいです。そしたら、また「のようなもの」ってひとつ付くんじゃないですかね(笑)。

――前作からのメンバーも出られていますが、実際に35年の時が経ったんだなぁとしみじみ感じた点はありますか?

松山:志ん魚役の(伊藤)克信さんが太ってるってことですかね。いやー、本当に35年経ったんだなって感じますよね(笑)。あとでんでんさんが坊主になってるとか。

――森田作品へのオマージュがとても感じられる作品です。

松山:杉山監督の作品ですが、森田さんの空気を残されている。杉山監督がすごいなと思ったのは、今回、森田作品でおなじみの役者さんたちがみんな、森田作品の役を引きずってるんですよ。僕だったら『僕達急行A列車で行こう』の小町だし、北川景子ちゃんも『間宮兄弟』でのキャラクターだし、そういう部分がすごくおもしろいと思いました。衣装合わせのとき、あまりに小町とそっくりなんで、「これ、小町じゃないですか!?」って思わず聞いたら、監督も「よくわかったね」って言ってました。

◆苦手なはずの正座も役に入っていれば平気

――森田作品の魅力を一言で表すならどんなことが挙げられますか?

松山:森田さんの感性だなと一番感じるのは、特に何か変わったことをしているわけではないのに、人間自体がおもしろいんです。生きているだけで、人間そのままで十分おもしろいんだよという人間愛がすごくある監督。それをずっと撮られてきたと思う。今作でもそういうテイストはありますね。

――本作で落語自体もお好きになられたとか。

松山:そうですね。末廣亭にも行きましたし、昔の映像を見たり、ずっと聞くようにしていました。撮影が終わってからも聞いてます。これよりあとに撮ったドラマ「ど根性ガエル」のときも落語を聞いてましたね。ひろしが落語に出てくるキャラクターっぽいと感じたこともあります。今回の作品では創作落語を含めて2演目をやりましたが、最終的には「文七元結」という1時間を超える作品をやれるようになりたいですね。それができるようになったら、家に友達を呼んで披露したいです。

――正座は得意ですか?

松山:いや、ダメですね。辛いです。でもそういえば、あのときは正座でしたね。まぁ、そういう正座が辛いとかっていう部分とは違うところでやっているので大丈夫だったんでしょうね。お祓いとかで正座をしているときは、やっぱり痛くなります(笑)。

◆同じ状況でも自分の捉え方次第で楽しめる

――「のようなもの」ではありませんが、それこそ大人になっても自分を確立している人はわずかです。