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どこからが「暴力」になるのかーー。夫婦間での「暴力」が許されるはずはありませんが、「たった1度」の場合、裁判所が離婚を認める「暴力」となるのでしょうか。

ある人はネットに「夫婦喧嘩をした際、カッとなった夫が突然、私の肩を押して突き倒しました。初めてのことでしたが、本当に怖かったです」と投稿しました。殴られたりはせず、ケガもしなかったものの、それ以降、夫への恐怖心が拭えず、離婚を考えているそうです。

夫は謝罪したものの、「たった1度だけのこと」と深刻に考えている様子がないことも、女性が不信感を強める理由です。夫婦間で離婚に合意できなかった場合、裁判所は「たった1度の暴力」でも、離婚を認めるのでしょうか? 増田 勝洋弁護士に詳細な解説をしていただきました。

A.「一回だけの暴力でも離婚が認められた裁判例があります」

一般論として、殴る蹴るといった身体的な暴力が、民法上の離婚原因の一つ「婚姻を継続しがたい重大な事由」にあたることは、明白です。日常的に暴力が繰り返されているようなケースであれば、離婚が認められるのは当然ですが、一回だけの暴力でも、離婚を認めた裁判例があります。

夫が心身耗弱の状態で、妻を殴打し、傷害を与えたことが一回だけあったという事案で、相手に将来の暴行を予想させ恐怖心を抱かせて、同居を困難にさせた場合には、離婚原因にあたると判断されたのです(福井地判一九五六年八月二十七日)。

今回のケースは、夫婦喧嘩の最中に夫が妻を突き倒したということですので、紹介した裁判例とは、殴打も、相手にけがを負わせたなどの傷害結果もない点で状況が異なるといえます。

しかし、近年はDVが社会問題となり、被害者の保護が重視されています。離婚原因にあたるかどうか判断するにあたっても、客観的にみてケガがあるかといった傷害結果の有無だけではなく、暴力をふるわれた側の立場に立って考えるべきでしょう。 

裁判所が、離婚を認めるべきか判断する際は、暴力によって被害者の精神がどれだけ傷ついたか、どれだけ恐怖心を抱いたかという観点が重要視されます。たとえ一回でも、また、たとえカッとなるような事情があったとしても、妻を突き倒すような行為は、相手方に恐怖心を抱かせる行為として、離婚原因に十分あたりうると考えられるでしょう。

なお、裁判で離婚を認めてもらうためには、夫から暴力をふるわれたことの証拠が必要です。ご相談者のケースであれば、当時の日記や、具体的な被害の内容を書いた、家族や友人へのメールなどが証拠になりうるでしょう。 

警察に相談した場合は、その時の相談記録も用意しておくといいかもしれません。ご相談者はケガをしていないということですが、もし配偶者の暴力によってケガをした場合は、診断書や、傷の写真を用意しておくと有力な証拠になります。

家庭の中で起こった出来事は、どうしても外部の人間には想像がつきにくいです。裁判の際は、できる限りの証拠を集めて、裁判官に、暴力をふるわれた事実を立証する必要があります。

それにしても、ついカッとなったとはいえ、配偶者に暴力をふるうことは、離婚原因にもなりうる重大事です。一時の感情に流されて、大切な家族を失うことのないよう気をつけたいものです。

【取材協力弁護士】
増田 勝洋(ますだ・かつひろ)弁護士
大阪弁護士会、平成二六年度大阪弁護士会常議員、司法委員会副委員長、司法修習委員会委員
著書:『事例にみる遺言の効力』(共著、執筆担当)
事務所名:増田法律事務所
事務所URL:http://www.masuda-law.net/