宇宙兄弟(26)

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昨年末、マット・デイモン主演の映画『オデッセイ』と、日本の人気漫画『宇宙兄弟』のコラボビジュアルが公開され話題となりました。デザインはもちろん、『宇宙兄弟』の小山宙哉さんで、今回のために描き下ろしています。

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映画『オデッセイ』は、人気小説『火星の人』が原作。火星を舞台としており、有人探査中に、ひとり取り残されてしまった宇宙飛行士・ワトニーが、空気・水・通信手段がない状況下で、知恵と強い精神力を発揮して生き延びようとする作品です。アメリカで大人気となった同作が、いよいよ2月5日に日本でも公開されます。

一方の漫画『宇宙兄弟』についてはご存じの方も多いでしょう。雑誌『モーニング』で連載中の人気漫画で、2009年度、2010年度と2年連続でマンガ大賞2位を受賞するなど、多方面で評価されている宇宙をテーマにした兄弟の物語です。

作者の小山さんは、同じく漫画家の井上雄彦さん(『スラムダンク』『リアル』など)に影響を受けていることは有名な話。宇宙が主軸となっている同作ですが、ALSや障害、疾患、心の病、リストラなど、人生の挫折や困難についてもしっかり描写。こういった作風は井上さんに近いものがあり、登場人物がそれらを乗り越える姿を、井上作品のように丁寧に描いています。

そんな同作は、宝島社「このマンガがすごい!2009」オトコ編にて2位に輝くなど、男性ファンが多いよう。ですが、同作をヒットさせるために、女性をターゲットにしたアプローチがされていたことをご存じでしょうか。

同作の元編集者で、現在はコルク代表取締役の佐渡島庸平さんは、自著『ぼくらの仮説が世界をつくる』のなかで、同作を大ヒットに導いた「裏側」を明かしています。連載スタート当初はさほど人気の高くなかった同作が、どのようにしてヒットし、映画とコラボするようになったのか。その“きっかけ”を見ていきたいと思います。

連載がはじまった頃、編集者の佐渡島さんは同作ヒットのため読者アンケートを分析。その結果読者の7割が男性だということが判明しました。しかし、これは世の中の流れに逆らっているもの。というのも、当時ヒットしている漫画作品は「読者の7割が女性」となっていたのです。

例えば、『聖☆おにいさん』は、女性読者が8割をしめるほどでした。実は書店の漫画コーナーに足を運ぶのは、男性より女性の方が多いようで、この女性陣を確保しないと、漫画界ではなかなかヒットしない仕組みになっていたのです。

ただ、同作のテーマは「宇宙」。なかなか女性とはマッチしにくいものには違いありません。

この漫画をヒットさせるために編集者の佐渡島さんは考えました。当時の同作の売れ行きは3,4万部ほどでしたが、「世の中の1000〜2000人くらいの女性が手に取るようになったら、“読者層の流れが変わる”。女性読者が増えると同作がヒットする」のではと、仮説をたてたのです。

しかし、どのようにして女性に宇宙をテーマにした漫画を読ませましょう。皆さんなら、どうしますか?

ここで佐渡島さんは美容室に目を付けました。美容室での会話は、最近のおすすめの音楽映画、本といった話題になりがち。そこで美容師さんからオススメの漫画の話をしてもらったら……。

「気に入って通っている美容室ですから、そこの店員からレコメンドされると読みたくなるのでは」という考え方です。また、佐渡島さんの馴染みの美容師に聞いたところ、そのお店の来客は1日18人ほど。1〜2カ月に1度、美容室に訪れることを考えると、ちょうど1000〜2000人ほどのお客さんがいることがわかりました。

「女性読者を増やすために、美容室から火をつける」

宇宙とまったくかけ離れたプロモーションではありますが、佐渡島さんは早速、実行に移しました。売れる前の漫画ですので宣伝費はほとんどありません。活用できるものは20万円程度。佐渡島さんはその宣伝費を使い、『宇宙兄弟』の1,2巻を首都圏の美容室に送付。もちろん全ての美容室に送ることはできず、約400店舗にしか送れませんでした(東京の美容室数は約2万軒。2014年)。

そこで、「ぼくが5年間かけて育てた新人の描いたマンガです。お店の雰囲気もあるでしょうから店舗に置けないかもしれませんが、休憩のお時間にでも、ぜひ読んでみてください。そして、もしも心に響くものがあったら、お客さんにこのマンガのことを話していただければ幸いです」といった丁寧な手紙をつけたのです。

通常の宣伝方法は、書店に販促物を送ることが多いものですが、佐渡島さんの場合は美容室に手紙付きの漫画を送るというもの。通常は考えられないことです。

さて、その結果ですが、3巻を発売した頃から、読者アンケートで「美容室でオススメされて読んでみた」など、これまでと違った反応が見られるようになったのです。

読者アンケートに出す人はごく一握りの人だと考えられます。ですので、その背景にはもっと多くの読者がいて、美容師さんたちの働きかけがあったと考えられます。

佐渡島さんはアンケートを出してくれた女性読者に対して、20、30代で、友達が多そうで感想を書いてくれそうな人に、さらにポスターと手紙を送付しました。

こうした編集者の地道な努力の結果、第6巻が出ることには男女比が5:5になり、その頃には単行本全体の売り上げもじわじわ伸びてきたそうです。連載当初から人気だというイメージのある『宇宙兄弟』ですが、実は編集者の智慧と努力が隠れていたのです。

「最終的に、美容室に送るところから始めたプロモーションが、どれほど効果があったのかは正確にはわかりません。作品自体もどんどんおもしろくなっていったので、自然と口コミが増えていて、何もやらなくても一緒だったかもしれません」ぼくらの仮説が世界をつくる

と、自著では遠慮がちにふり返っていますが、これまで一般的だった「書店に販促物を送る」という宣伝方法とは一線を画した佐渡島さんのアイデアが何かしら影響していることでしょう。

そんなことで2007年にスタートした『宇宙兄弟』は大人気マンガとなり、今では、映画『オデッセイ』とコラボし、小山さんはマット・デイモンを描くまでに。一つのマンガのヒットの裏側に、編集者の驚くべきアイデアとそれを実行する行動力があったのです。

実は佐渡島さんはマンガ『ドラゴン桜』も手がけた敏腕編集者。現在は講談社を退社し、作家エージェント会社・コルクを創業。インターネットが欠かせない時代のエンターテインメントをあり方を模索し続けています。次なる活躍が大変楽しみな人でもあります。

<参考書籍>
『ぼくらの仮説が世界をつくる』佐渡島庸平著(ダイヤモンド社)