「もう、新しいシーズン、始まってますよ」

 やや苦み混じりの笑みを浮かべ、諭(さと)すように彼女は言った。土居美咲(世界ランキング65位)に、昨年末の優勝に関して改めてお祝いの言葉を述べたときのこと。彼女はやんわりと、過ぎ去った栄光にとらわれることを否定し、自分の目線はすでに未来に向けられていることを主張した。

 この土居を筆頭に、今回の全豪オープンには日比野菜緒(58位)、そして奈良くるみ(84位)の3人の日本人女子選手が、本戦ダイレクトインを決めている。彼女たち3人に共通するのは、みなWTAツアー優勝の経験があること。同時代に3人以上のツアータイトルホルダーがコートに立つのは、伊達公子や沢松奈央子が活躍した1990年代以来である。

 土居と奈良は、ともに1991年生まれ。ふたりは小学生のころから、時に対戦相手として、時にジュニア遠征へ繰り出す仲間として、そしてダブルスパートナーとして戦ってきた仲である。

 先に日本国内に、そして世界に名を知らしめたのは、奈良のほう。「天才少女」と呼ばれた彼女は、小学生や中学生の国内タイトルを総なめにし、ジュニアの国際大会でも頂点に立った。さらに奈良は、2005年のウインブルドン・ジュニアのダブルスで土居と組んで準優勝の好成績を残し、日本テニス界の注視を集める。この準優勝はもちろん、ふたりで等しく掴んだ栄冠だ。

 だが土居は、「メインは、くるみ。私はあくまで彼女のパートナー」との想いでいたという。当時から世界のトップジュニア選手であった奈良を、土居は半分冗談めかして、「雲の上の存在だった」と評した。小学6年生時に初めて対戦して敗れたことも、土居が奈良を仰ぎ見た理由のひとつかもしれない。

 しかし、プロに転向した17歳のころから、ふたりの成績は追いつ追われつの"鬼ごっこ状態"へ。ランキング上では土居が先を行くことも多かったが、それでも先にツアー優勝の栄冠を掴んだのは奈良。そのころから土居も明確に、「ツアー優勝、そしてトップ50」を自身の目標に掲げる。奈良という良きライバルの存在が、そして反骨精神にも似た向上心が、土居を日本のトップへと押し上げた。

 一方の奈良にしても、土居のことを「自分に刺激を与えてくれるかけがえのない存在」と感じている。そんな奈良には、昨年の全米オープンの女子決勝戦を見て、フッと心に浮かんだ願いがあった。

 そのときの決勝戦とは、ロベルタ・ビンチとフラビア・ペンネッタ(ともにイタリア)という、少女時代から互いを知る"親友同士"で争われた一戦。試合後のセレモニーで、勝者も敗者も関係なく喜びをわかち合うふたりを見ながら、奈良は「いつかは私たちも......」と、心のどこかで思ったという。奈良が「私たち」と言及した相手は、もちろん土居。それは壮大な夢だが、決して突拍子もない夢ではない。

 その土居と奈良を「まだ遠い存在」だと言うのは、3歳年下の日比野である。日比野にとって土居たちは、ライバルと呼ぶには距離があり、代わって刺激を受けてきたのは、同じ1994年生まれで全日本選手権のタイトルも持つ穂積絵莉(190位)や、19歳のころからWTAツアーにも出場してきた尾崎里沙(151位)だ。

 常に自分の先を行く同期たちの背を追いながら、やがては追い越し、気づけば彼女は「遠い存在」だった土居や奈良にもランキング上は追いついた。それでも依然、日比野は土居たちを「自分たちを引っ張ってくれる先輩」として仰ぎ見る。最近では同じ大会に出場し、ともに練習する機会も増えた。そうして改めて気づいたのは、先輩たちが「練習や試合への取り組みなど、ひとつひとつがしっかりしている」ことである。

「何をもって、追いついたと言うかわからないけれど......追いついていきたい」

 意志の強さを響かせる声には、新たな目的意識が込められていた。

 そのように何もかもが新しく、日々が学びの連続である日比野にとって、初めて出場するグランドスラムの大舞台は、間違いなく特別なものになるだろう。何しろ彼女が1回戦で対戦するのは、テニス界きってのスーパースターのマリア・シャラポワ(ロシア)。日比野が「テニスをするきっかけになった選手」とまで言う、憧れの存在だ。

 シャラポワの華やかな容姿に魅了された少女は、かつてはコート上でそのプレーをマネし、部屋にはポスターを3枚も貼った。そんな日々から、約10年後......。自身のアイドルと初対戦の機会を得た日比野は「持ってますね、私!」と声を弾ませる。初めてのグランドスラムとしては、間違いなく厳しいドローだ。だが、彼女はその事実を、"不運"ではなく"持っている"とポジティブにとらえている。

 錦織圭の躍進に牽引され、トップ100に何人も顔を揃えた男子とは対照的に、ここ4〜5年の日本女子テニスは、クルム伊達公子(182位)の活躍こそあれ、若手に注目が集まる機会が少なかった。しかし今、新たな力が次々に芽吹き、ひとつの潮流を生もうとしている。「第二の黄金時代」の扉を、彼女たちが押し開けてくれるかもしれない。

内田暁●取材・文 text by Uchida Akatsuki