合成クモ糸のバイオヴェンチャー・Spiberがみせる「素材革命」

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2015年、ザ・ノース・フェースとともに合成クモ糸を使ったジャケットを発表した日本発のバイオヴェンチャー・Spiber。果たして彼らは、クモ糸によって何を目指しているのか。合成繊維が変えていくのは、衣服だけに留まらないかもしれない。

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2/6Spiberによる「人工合成クモ糸素材」によってつくられている。

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3/6Moon Parkaは最高品質のウェアである、というだけではない。Spiberが2007年から開発を行う、新素材の可能性を示すものなのだ。

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4/6Spiberのミッションは、魔法のような特徴をもつクモの糸を、持続可能な方法で量産化することだ。

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5/6Spiberがつくる物質(粉にも溶液にもなりうる)は、小さな穴をもつノズルを使うことで繊維となる。

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6/6Spiberは650以上の繊維を研究所でつくっている。それは化石燃料を一切使わない、完全に生物学的な手法によって行われる。

冬物のパーカーの多くは、ナイロンやあや織り、もしくは蝋引きコットンでつくられている。しかし上の写真のパーカーは、合成されたクモの糸でつくられている。

「Moon Parka」と名づけれらたこの製品は、ザ・ノース・フェースの特別仕様のジャケットだ。輝かしい外見をもつジャケットの素材は、日本企業・Spiber(スパイバー)によって開発された合成クモ糸。2016年中の発売が予定されている。

Spiberのウェブサイトによると、同社はコスト削減のための取り組みを続けているという。そうした取り組みは、Moon Parkaを含めた合成シルク製品を市場に出すためには不可欠なのだろう。Spiberの素材が既存の生地に対してどんな優位性をもつのかも公表されておらず、ザ・ノース・フェースもこのジャケットの価格をまだ設定していない。つまり、解決すべき問題がまだまだたくさんあるということだ。たとえこの黄金色のジャケットが16年に市場に出たとしても、合成クモ糸をそこら中で見かけるようになる、といった期待はしないほうがいいだろう。

魔法の特性をもったポリマー

だが、このジャケットはSpiberの最終的なゴールではなく、コンセプトを実証したにすぎない。Spiber社長の関山和秀は07年、「クモの糸の魔法の特性をもったポリマーを、持続可能な方法で大規模に生産する方法を開発する」というシンプルな目標を掲げ、会社を立ち上げた。

このアイデアは決して新しいものではない。クモの糸は、以前からその強度と弾力性の高さで知られている。重量あたりの硬度はケブラーよりも高く、コットンのような繊維よりも伸縮性や反応性に勝る。とくに自動車産業や航空宇宙産業、軍事産業の製造業者にとって、クモの糸は熱望されている素材なのだ。

問題は、クモの糸を採取することが、羊からウールを採取したり、牛からミルクを採取したりするほど簡単ではないことだ。たくさんのクモを使ってたくさんの時間をかけても、わずかな量の糸しか得られない。しかも、多数のクモを同じ場所で飼育すると、共食いを始めるという厄介な習性もある。

そのため研究者たちは、合成クモの糸を大量に製造するための方法を、長年にわたって探求してきた。通常、クモ糸の合成には、クモの遺伝子を別の生物 (酵母やムラサキウマゴヤシ、あるいは合成クモ糸のタンパク質を生成するように遺伝子操作されたヤギを使うこともある)に組み込むといった方法が用いられる。

現在のところ、実物と同等の合成クモの糸を製造することに成功した者はいない。だがSpiberは、あともう少しというところまで来ている。Spiber設立以来、関山のチームは、クモ糸タンパク質の遺伝子配列をより理解するために、そしてその信じられないほどの特性を生じさせる加工条件を知るために、数百という種類のクモをつかまえてきたのだ。

Spiberは、合成クモ糸タンパク質を生産するために、遺伝的に改変されたバクテリアを使用している。同社の研究者は、遺伝子操作されたクモ糸タンパク質のDNA配列を、さまざまなホストに組み込んでいる。そのひとつは大腸菌だ。研究者らがバクテリアに糖分を与えると、バクテリアが合成クモ糸タンパク質を生成。生成されたタンパク質は、クモが糸を出す器官を模した、微細な孔の開けられた噴出ノズルを通してクモ糸ポリマーに加工されることになる。

事業計画担当のダニエル・マイヤーによれば、Spiberの研究室には650種類以上のポリマーがあるという。これは完全に生物学的なプロセスであり、Spiberは、化石燃料や石油をまったく必要としない方法だと語る。

Spiberの遺伝子合成ラボ。

クモの糸をつくる究極の目標

Spiberは、この分野にいちばん乗りしたわけではない。2015年初め、カリフォルニア州エメリーヴィルの企業・Bolt Threads(ボルト・スレッズ)は、合成クモ糸を大量につくることに成功したと発表している。しかしマイヤーは、Boltのウェブサイトには「2016年、われわれはあなたの衣服を変えます。お楽しみに」と書かれてはいるものの、Spiber以外の企業でMoon Parkaのような実物のプロトタイプを発表したところはまだないと指摘する。

合成クモ糸から服をつくれれば、アパレル界は確かに1歩前進したと言えるだろう。しかしユタ州立大学の合成バイオ製造センターのランディ・ルイス教授が指摘するように、その素材が既存の素材を超えるどんな特徴をもっているのかは正確にはわからない。

「果たしてクモの糸にはどのような利点があるのでしょう? そこが肝心なところです」とルイス教授は言う。これらの新しい素材は、クモ糸の特性を模してはいるものの、生物学的レヴェルではまだ実物と同じとは言い難い。SpiberやBoltは、「これらの素材はタンパク質をつくるためのコンピュータープログラムを用いて設計されますが、そのプログラムで想定されているタンパク質は、もっと単純に生成できるものであったり、それらを生成するための触媒を必要とするものであったりするのです」と彼は続ける。

より多くのデータを見てみないことには、重くて温かくなくてはならない冬物のコートにおける、この繊維の価値を知ることは難しい。だが弾力性と強度が必要な製品は、こうした新しい素材によって改善されることになるだろう。「クモの糸はナイロンの2〜3倍の強度があるので、服の厚みを3分の1にできると考えていいでしょう」とルイス教授は言う。

Spiberもまた、クモ糸のジャケット以上のことを考えている。チームによれば、次につくるのはこのポリマーでできた自動車の部品だという。Spiberは現在、衝撃吸収材を開発するため、トヨタに部品供給をする企業と協力しているのだ(関山とマイヤーは、秘密保持契約を理由に特定の自動車部品についてさらに詳しく説明することを避けたが、それは「あらゆる場所に用いられている」とマイヤーは言う)。

それまでの間、SpiberはMoon Parkaを市場に出すための準備を進めることになる。Spiberとザ・ノース・フェイスはまだ価格を設定していないが、マイヤーは、「人類を石油系の材料から脱却させ、より持続可能な未来に向かわせる」というSpiberの究極の目標を実現するために、できる限り低価格に抑えたいと語っている。

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Spiberの、飛躍の瞬間に立ち会った
『WIRED』VOL.19「ことばの未来」にて掲載

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