昨年11月。冬の気配漂うロンドンの地でシーズン最後の戦いを終え、惜敗に悔いをにじませながらも「良い試合が戻ってきて、収穫のほうが多かった。ポジティブにとらえてオフシーズンを頑張りたい」と口にした男は、そのわずか6週間後には、真夏のオーストラリアで新たな戦いを迎えた。

 日本で過ごした少しばかりの休日は、長い戦いで疲弊した心身を癒してくれただろうか? 高温多湿のフロリダで迎えたクリスマスや、26回目の誕生日(12月29日)は、新たな決意をその胸に刻む日となっただろうか?

 錦織圭の2016シーズンは、新たな年を迎えるとほぼ同時に、早くも火ぶたが切られた。

 改めて繰り返すまでもないだろうが、テニスのオフシーズンは驚くほど短い。しかも多くの選手たちは、オフシーズンの間ですらチャリティマッチに参加したり、スポンサー関連のイベント等をこなしていく。

 16社とのスポンサー契約を持つ錦織の場合はそれが顕著で、シーズン最終戦の直後から複数のCM撮影や、年末年始用のテレビ収録をこなしてきた。さらに11月末には東京の有明コロシアムでチャリティマッチを戦い、12月に入るとアジアを中心とするリーグ戦「インターナショナル・プレミア・テニスリーグ(IPTL)」にまで参戦したのだ。

 そして12月上旬にはアメリカへと飛び、まずはカリフォルニアで10日ほど、その後は拠点とするフロリダのIMGアカデミーでコーチたちと練習を積んできた。オフの序盤はあまりテニスをせずに体力の回復に努め、次いでフィジカル強化に重点を置き、最終的にはボールを打つ回数や対人練習を増やして調子を上げていくのが、錦織のオフの過ごし方だったようだ。

 この短く、貴重なオフをいかに上手に過ごすかは、特にシーズン序盤戦において大きな意味合いを持ってくる。ケガの治療や体力の回復は最優先事項だが、同時に、長いシーズンを戦い抜く上でのフィジカルも鍛えなくてはならない。公式戦がない期間を利用して、新たな技術の習得や改善に取り組む選手たちもいる。選手がその時々で何をもっとも必要と感じるか、あるいは、いかなるシーズンを送ってきたかなどによっても、優先順位や比重は変化するだろう。また、選手各々の性格や、どのようにして調子を上げるタイプかによっても、オフのメニューは大きく異なってくる。

 たとえば錦織は昨年末、「基本的に3〜4日テニスをしないと、感覚は失われるので......」と、長期間ラケットを握らないことへの不安を口にしていた。そんな彼にとっては、オフといえども試合形式の練習を積むことは、感覚を維持するために欠かせない要素なのだろう。現に今回のオフでも、カリフォルニアでの練習時はアメリカの有望な若手選手らを呼び寄せ、試合形式の練習をしていたという。

 また、シーズン開幕戦となるブリスベーン国際では、「テニスのリズムを掴むため」にダブルスにも参戦した。この大会での錦織は、シングルスでは準々決勝で敗れて2試合しかこなせなかったため、ダブルスでも2試合戦えたことは、貴重な実戦経験になったはずだ。

 対して、昨シーズン82勝6敗という驚異の勝率および試合数を誇った"絶対王者"ノバク・ジョコビッチ(セルビア)は、今回のオフではIPTL出場を取りやめ、エキシビション等にも出ずに心身のリフレッシュに努めてきた。約2週間はラケットを握らず、トレーニング開始後もジョギングや水泳、サイクリングなどに時間を割いてきたという。

「心身をリフレッシュするためにも、僕はしっかり休みを取るタイプ。たとえ数週間はテニスをしなくても、技術やテニスの感覚はすでにDNAに組み込まれているよ」と、コートを一定期間離れることに関しても不安はないようだ。その言葉を証明するかのように、開幕戦となるカタールオープンでは、ひとつもセットを落とすことなく優勝。「この優勝は、今シーズンを戦う上でも大きな力になる」と、言葉にも表情にも、揺るぎない自信をみなぎらせていた。

 そのジョコビッチとカタールオープンで決勝を戦ったラファエル・ナダル(スペイン)は、「ほぼオフなし」の年末を過ごしてきた。完全オフを取ったのはわずか数日で、以降はチャリティマッチやIPTLに出場。その後も故郷のマジョルカでボールを多く打って追い込んだ後、年明けと同時にアブダビで行なわれたエキシビション大会に参戦した。

 その大会で世界7位(当時)のダビド・フェレール(スペイン)、そして14位のミロシュ・ラオニッチ(カナダ)ら相手に公式戦さながらの熱戦を繰り広げた後、ナダルはそのままカタールオープンに参戦している。年が変わってからわずか9日間の間に、こなした試合数は7。決勝ではジョコビッチに完敗を喫したが、「良い大会だったし、自分のパフォーマンスに満足している。この結果はモチベーションを与えてくれた」と明るい側面に目を向けていた。

 新たなシーズン最初の1週間を終え、浮かび上がってきたのは、テニス界を統(す)べる上位勢の強さだ。カタールでは、ナダルをして「テニス史上最高のレベル」と言わしめるプレーをジョコビッチが見せて圧巻の優勝。ブリスベーンでは、ラオニッチに決勝で敗れたもののロジャー・フェデラー(スイス)が準優勝。そしてチェンナイオープン(インド)では、4位のスタン・ワウリンカ(スイス)が未来の王者候補と期待される18歳のボルナ・チョリッチ(クロアチア)の挑戦を退け、新年最初のタイトルを手にした。

 挑む壁は、依然として厚く、高い。テニス界の支配者たちには、油断も慢心もない。その現実を改めて肌身で確認することで、錦織圭の新たな挑戦は、真の始まりを迎える――。

内田暁●取材・文 text by Uchida Akatsuki