ハビエル・アギーレのロングインタビュー、日本代表やUAEを語る

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『ESPN』は、UAEプロリーグのアル・ワフダで監督を務めるハビエル・アギーレ氏のロングインタビューを掲載した。

2014年ワールドカップ終了後、アルベルト・ザッケローニ氏が退任した日本代表の監督に就任したハビエル・アギーレ。

しかしその後レアル・サラゴサ時代の八百長問題で捜査を受けていることが問題視されるとともに、2015年アジアカップではUAEに敗れて大会を去ってしまうことになり、2月に解任された。

昨年夏にはUAEのアル・ワフダと契約し中東での仕事を始めたアギーレ氏は以下のように話し、日本代表時代の仕事や現在の状況について語った。

ハビエル・アギーレ

「(なぜUAEに来たのですか?)

これは私にとって新しいチャレンジだからだ。12年間スペインで仕事をしたが、私はそこに戻りたくはなかった。その時間は終わった。

そこは優れたリーグであるにしても、これ以上の挑戦は存在しなかった。数チームが私を呼んでくれていたが、私は他の何かを必要としていた。

日本での経験を得て、私はアジアサッカー連盟が良いチャンスと良いチャレンジになると考えた。

ギリシャからもオファーがあったが、それは難しかった。お金の問題だけではない。それも大きかったが、オリンピアコスと他の差が開いている。彼らは13〜14試合をプレーして、既に2位と12ポイントの差をつけている。

あた、アメリカ・メジャーリーグサッカーも興味深かった。中国からもオファーがあった。ただ、私はここで満足している。

ここの人々は素晴らしい。3ポイント以外は何も必要としていない。私はここの若い選手たちやクラブに満足しているし、2,3年でアジアのトップレベルになることに何の疑問も抱いていない。

素晴らしいアカデミーがある。私はここで幸せであるし、妻もそうだ。妻が幸せなら、幸せな生活だ。

『なぜUAEではダメなのか?』と言おう。彼らはアジアカップで私の日本を破ったのだ。それは私にとって良いチャンスであるし、特に若い選手の開発に携わることが出来る。

このチームは数人の素晴らしい若手を持っているし、アカデミーもある」

ハビエル・アギーレ

「(ここのコーチはすぐに入れ替わる。UAEでは選手を開発するための多くの時間を得られることは少ない。それは気になっている?)

正直に言えば、それは世界中どこでも同じだ。イングランドではコーチが長い間チームを率いることがしばしばあったが、今は彼らもそうなっている。スペインでは毎年半分近くが解任される。

メキシコでもそれは同じだ。私はいつもいつも1年契約を結ぶので、それは面白い。いつも一年だった。

私は日本と契約したときは2年+2年のオプションだったが、彼らは私を解任した! いま、私は一年契約を結んでいるし、どうなるかは様子を見よう」

「(日本代表での仕事は?)

素晴らしかった。素晴らしかったよ! 私は毎分毎秒の仕事を楽しんでいた。規律、要求、あらゆる仕事、時間の厳守、他者へのリスペクト。自分のキャリアで最高の時間の1つだった」

「(最初、あなたは「臨機応変さが必要だ」と言っていましたね?)

それは文化だ。多くのリスペクトがあり、多くのフェアプレーがある。悪い言葉も、強く行くことも、他者を蹴ることもない。

しかし、ヨーロッパに行った選手は違う。彼らはより競争的だし、攻撃的だ。彼らは若い選手たちに『もっと激しく行け』と教えられる。『すいません』と言うなと。これは男たちがぶつかるスポーツなのだ。

日本は全てを備えている。彼らが必要なのは経験だ。

ドイツとアウェーで戦うにはどうしたらいいか。セネガルとアウェーで戦うにはどうしたら良いのか。

4-0で敗れたブラジル戦のハーフタイムに、私は言ったんだ。『おい! 誰もネイマールに1ヤードまで寄せる者がいない。行け!』と。

ネイマールには、『誰かが寄せてくる』という感覚を持たせることが必要だったんだ。

ブラジルと戦えば10回に9.5回は負ける。しかし、競争はしなければならないんだ。リーガでは、バルセロナやレアル・マドリーにはほとんど勝てない。しかし、我々は常に戦ってきた」

「(2015年アジアカップは失望だった?)

そうだね。大きな失望だ。なぜなら、我々はUAEよりも良かったからだ。私の見解ではね。そしてスタッツでもそうだった。しかし、最終的には我々は敗れてしまった」

ハビエル・アギーレ

「(2月に日本代表から解任された。八百長問題は、アジアカップ後の解任の言い訳として使われたと思う?)

いい質問だね。私は分からない。

日本サッカー協会会長の大仁邦弥氏は、アジアカップ終了後誰もに言っていた。記録にも残っている。私は留任すると。しかし、それから10、12、15日後、彼らはそう決断した。

おそらく、それは言い訳だったのだろうな。私は分からないし、何も気にしていない。

彼は私の――弁護士、42名の人々、36名の選手、試合の関係者らの将来を心配していた。スペインで時間を取られるのではないかと恐れていた。しかし、それから12ヶ月が経って、私はスペインに1時間半行っただけだ。

26名の日本人選手がヨーロッパにいることは忘れないし、彼らを見るためにどこへでも旅をしていた。しかし、過去に戻りたいとは思わない。私はここで幸せだ」

「(八百長事件は真実ではない?)

私は冷静だ。クリーンであるし、何も心配していない。私は状況を理解している。進まなければならないと考えている。なぜなら、誰もが様々な考えを持っているからだ。

しかし、彼らは何も持っていない。これは現在進行形のことだ。おそらく1月には、最後のグループになっている2,3人の選手とレバンテのコーチ、そして他の証人に対する調査が終了する。

私の弁護士は言っている。裁判官は今後様々な資料を読むために2、3ヶ月を要するだろうと。そのあと彼らは判断を下す。裁判をするのかどうか。

そうならなければ、それからおそらく1年、あるいは1年半はかかるかもしれない。しかし、私はよく眠れている。私は40年間プロサッカーの世界で生きてきたんだ」

「(代表とクラブ、どちらが好み?)

些細なことは変化させる必要がある。それは違ったものだ。毎日選手たちと働く必要があるし、時に選手や監督とリラックスして話すのも良い。どちらも楽しんでいる」

「(いつかメキシコに戻る?)

監督としてではないね。私は多くのチャンスを持っているが、おそらくそれはマネージャーとしてではないと思う。メディアのアナリストか、オーナーか、あるいはクラブに投資するかだね」