「思惑どおりの勝利」…U23日本代表、重圧がかかる初戦で見せた余裕と自信

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 カタールのドーハで行われているリオデジャネイロ・オリンピックのアジア最終予選。朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)代表との初戦を迎えた日本は開始5分にコーナーキックから先制点を奪ったものの、その後の時間帯は北朝鮮の猛攻を浴び続けた。

 何とか1−0で逃げ切りに成功したが、一歩踏み外せば奈落の底へ真っ逆さまという、危険な綱渡りでもしているかのような、手に汗握るゲームだった。

 ところが、当事者たちはそこまで追い込まれていなかった。

 北朝鮮の10番、キム・チュソンとバトルを繰り広げた岩波拓也(ヴィッセル神戸)は「そんなに苦じゃなかったですね。ロングボールでヘディング勝負になれば負けない自信があったので」と言い、CKから右足ボレーで値千金の先制点を決め、守ってはほとんどすべての空中戦を制した植田直通(鹿島アントラーズ)は「楽しかったです」とまで言い切った。

 ボランチの大島僚太(川崎フロンターレ)も「かなり来るから覚悟しておけ、と言われていたので、思ったより来なかったなという印象でした」と明かせば、そのパートナーでキャプテンの遠藤航(浦和レッズ)も「押し込まれたけど、みんな焦っていなくて、意外と落ち着いていて『問題ない』って話ながら守っていました。危ないシーンもありましたけど、ゼロで抑える雰囲気、大丈夫だっていう雰囲気をチームとして作れていた」と振り返っている。ハラハラしながら見守っていたのは、傍観者だけだったのかもしれない。

 選手たちばかりではない。指揮官もまた、余裕の表情を見せた。

 1−0のままゲームが進み、北朝鮮の前への圧力が一層増してきた後半の半ば。日本からすれば、前掛かりになった相手の喉元にナイフでも突き刺すように、鋭いカウンターからあわよくば追加点をもぎ取りたいタイミングだった。実際、後半20分過ぎ、手倉森誠監督はチームスタッフに対して10分後に浅野拓磨(サンフレッチェ広島)を投入すると伝えていた。

 だが、この“ジョーカー”の投入を思いとどまり、MF原川力(川崎フロンターレ)と豊川雄太(ファジアーノ岡山)を送り込み、逃げ切りに成功する。

 試合後、取材陣から「浅野を投入しなかったのは、ライバル国に見せたくなかったからか」と問われた指揮官は、「私の気持ちが分かっているじゃないですか」と言って微笑んだ。初戦から手の内はなるべく晒したくないという心理は理解できる。逆に言えば、浅野を投入しなくとも逃げ切れると読んだというわけだ。

 もともとグループBの下馬評ではサウジアラビアがやや実力上位、日本と北朝鮮が同等で、タイが少し下というものだった。

 だが、互角の力と見られた北朝鮮にここまで押し込まれたのは、いくつかの要因が絡み合っている。

 もともと前半はセーフティにゲームを進めるつもりが、開始5分の先制点でより一層守りに入ってしまったこと。前半15分過ぎに遠藤と大島が話し合い、ボールを落ち着かせていなすゲームプランに変えようとしたが、その遠藤と大島が厳しくチェックされ、また選手間の距離を修正し切れなかったため、つなぐのか蹴るのかが中途半端になってしまったこと。その一方で、センターバックからサイドハーフに斜めにロングボールを入れる狙いがあったことからサイドハーフが開いていることが多く、横幅をコンパクトに保てなかったこと……。

 手倉森監督が試合後、「準備してきたことがすべて裏目に出てしまった」と悔やんだのは、こうしたことを指している。

 さらにもう一つ、大きく影響していたのが、初戦におけるプレッシャーである。

「相手うんぬんではなく、自分たちが硬すぎた。ハーフタイムに監督からも『もっとリラックスしてやれ』と言われた」と久保裕也(ヤングボーイズ/スイス)が言えば、大島も「試合前のミーティングが耳に入って来ないほど緊張してしまった」と明かす。今回のU−23日本代表は、2012年と2014年にそれぞれU−19日本代表として活動した二つの世代から構成されているが、どちらのチームもU−19アジア選手権の初戦で敗れ、それが響いてU−20ワールドカップへの出場権を獲得できなかった。初戦の重要性が身に染みて分かっていただけに、のしかかるプレッシャーも半端のないものだったのだろう。それが選手たちの動きを普段とは大きく違うものにしていた。