妻が処女ではなかった…100年前の恋愛相談に見る「貞操」の変化

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 生きていれば誰でも「悩み」を抱えるもの。
 恋愛であったり仕事であったり、その内容はそれぞれだが、そういった悩みをぶつけて、専門家や著名人にアドバイスをもらう「悩み相談コーナー」は新聞や雑誌、テレビなどで定番となっている。

 実はメディアでの「悩み相談コーナー」の歴史は古く、明治時代からあるそうだ。そうなると、昔の人はどんな悩みを抱えていたのかは気になるところだろう。「人の悩みはいつの時代も変わらない」というが、本当だろうか?
 『日本人の人生相談』(石原壮一郎/著、ワニブックス/刊)には、大正時代から現代にいたるまで様々な悩み相談が紹介されている。恋愛、結婚、仕事など、大まかなテーマは昔の悩みも今の悩みも共通しているが、時代背景の違いが端々にあらわれていておもしろい。

■新聞記者に転職したい(『読売新聞』大正6年8月9日付「身の上相談」より)
 「夢を追うか安定を取るか」というのは、現代人の悩みの定番だが、自分の意思で職業を選ぶ余地が広がった大正時代にその源流があるようだ。
 相談者は結婚してまもない24歳の青年、「郵便局の電信事務を取り扱っております。」「二十六円の月給で田舎のことですから少しの余裕がありますが、私はどうもただ今の仕事に興味が持てません。」として、今の仕事を続けるべきか、転職して新聞記者になるかを悩んでいる。

 これに対しての回答も、現代でも十分通用するものだ。回答者の読売新聞記者は「行く末はどうなることかというような感慨の起こるのは、何業もたいてい同じです。(中略)現在の位置で、ひとまず苦心されることも必要だと思います。それにお年の若さに比べて二十六円という給料は普通の基準から見れば安くありません。せいぜいその境遇を善用されることを」と述べ、安易な転職に釘を刺す格好になっている。
 「隣の芝は青く見える」のは100年前も今も変わらないようだ。

■妻が処女ではなかった(『読売新聞』大正6年2月22日付「身の上相談」より)
 自分の妻が処女でないことを知人伝てに知ってしまい、許そうと心では決めたものの内心の不愉快さが消えないという相談者。これは現代ではほとんど見られない悩み、この100年間で「貞操観念」は大きく変化したといえるだろう。
 ただ、回答者は相談者の気持ちに理解を示しつつも、許すと決めたからには「その覚悟を意志の力で実行していくのが本当です。」と諭している。
 時代が時代だけに、自分の妻が結婚前に他の男性を関係を持っていたことがわかったらかなりショックが大きかったはずだが、男性たるものそれを受け止める度量が大事。このあたりは今も同じなのではないか。

 この後、昭和に入れば悩み相談には「戦争」の影がちらつき、戦後復興、高度成長、そしてバブル期と状況が変わるにつれて人々の悩みも、そしてそれに対する回答も変わってゆく。中には今自分が感じている悩みがあるかもしれないが、それに対する「昔の回答」を見てみるのも考え方を広げる意味でいいのではないか。
(新刊JP編集部)